映画「ノクターナル・アニマルズ(Nocturnal Animals)」

00 7年前の「シングルマン」で映画監督デビューしたトム・フォード(Tom Ford)の2作目です。前作はトム・フォードらしいスタイリッシュな感性に溢れた作品でしたが、本作はそれに加えて、物語の盛り上げや切り替えの巧みさが際立っていて、もはやファッション・デザイナーが撮った映画という文脈で語れるレベルではありません。世界配給権がカンヌ映画祭で最高額の2000万ドルに達したというのも納得です。映画好きなら、必見の1本だと思います。

原作は四半世紀前に発表されたオースティン・ライト(Austin Wright)の小説。再婚して3人の子どもに恵まれ、安定した生活ながらもさまざまな不安を抱えて暮らしているスーザンが、20年前に別れた前夫エドワードから唐突に送られてきた小説「夜の獣たち=ノクターナル・アニマルズ」を読んでいくというもの。送られてきた小説の内容は、大学教授のトニーが、妻と娘を乗せてメイン州の別荘に向かっている途中で他の車から悪さを仕掛けられ、その揚げ句、妻と娘が連れ去られてしまうという悲劇から始まるサスペンスです。

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オースティン・ライトの原作小説の原題は“Tony and Susan”。スーザンと前夫エドワードではなく、スーザンと作中作の主役トニーを並べてタイトルにしているところがポイントです。邦訳は「ミステリ原稿」という題で刊行されていますので題名に伏線はありませんが、ひと言でいってしまえば、タイトルの2人が「なぜあのときそうしなかったのだろう」と引きずり続ける小説です。

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原作小説の面白さは何といっても作中作の巧さです。スーザンは届いてから3ヶ月放置していた原稿を、心臓外科の夫が学会で留守にしている間に読み始めるわけですが、出だしのスピーディな展開に引き込まれてやめられなくなってしまいます。もちろん読者も、回想を巡らせながら読み進めるスーザンの肩越しに作中作を読みますので、彼女と一緒に小説の世界に引き込まれていくことになります。

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このトム・フォードの映画は、時代設定を変えた以外は概ね原作小説に忠実で、特に作中作「夜の獣たち」については舞台がペンシルバニアからトム・フォードの出身地でもあるテキサスに変わった程度でほぼ同じ流れ。ただし、作中作の読み手であるスーザンと、彼女の家族やエドワードの設定については、登場人物の内面だけを巧みに引き継ぎながら、暮らしぶりなどをトム・フォード流に大きく変えています。

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原作のスーザンは英語教師でしたが、映画ではL.A.のやり手ギャラリストですし、夫のハットン(原作ではアーノルド)は医者ではなくビジネスマンです。そのおかげで彼らの暮らしぶりは、原作で描かれていたシカゴの二階建て一軒家の生活に比べて、とてつもなくスタイリッシュでゴージャス。作中作の舞台となるテキサスの荒野と、それを読んでいるスーザンの居場所とのコントラストが際立ちます。

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衣装も素晴らしいのですが、今回はトム・フォードの服は使わなかったそう。そのかわり、たとえばスーザンの母親にはブルジョワらしい服を着せたいと、シャネルのカール・ラガーフェルドに相談したり、さまざまな人たちから協力を得たそうです。その結果、エンドロールのクレジットには、デザイナーや宝飾ブランドから、フォトグラファーやファビアン・バロンのようなアートディレクターまで、ファッション業界の有名人がずらっと名を連ねることになります。ちなみに本作の衣装担当アリアンヌ・フィリップス(Arianne Phillips)は「キングスマン」シリーズを手がけている人です。

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またスーザンがギャラリストという設定ですので、ダミアン・ハースト(Damien Hirst)の“Saint Sebastian, Exquisite Pain”や、ジェフ・クーンズ(Jeff Koons)の“Baloon Dog”をはじめ、誰でも知っているような超有名な現代アートがいくつも映り込みます。下の写真はリチャード・ミズラック(Richard Misrach)の作品ですね。

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もちろん配役も最高レベルで主人公のスーザンにはエイミー・アダムス(Amy Adams)。このブログでは「ザ・ファイター」「ザ・マスター」から「アメリカン・ハッスル」「ビッグ・アイズ」「メッセージ」までかなりの本数をご紹介していますが、常に卓越した演技力で驚きを与えてくれる女優です。

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その相手役、若き日のエドワードと作中作「夜の獣たち」の主役トニーの2役を演じたのは「ブロークバック・マウンテン」「複製された男」のジェイク・ギレンホール(Jake Gyllenhaal)。

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トニーに危害を加えるレイを演じたのは「ノーウェアボーイ」「キック・アス」「アルバート氏の人生」「ゴジラ」のアーロン・テイラー=ジョンソン(Aaron Taylor-Johnson)。本作では彼らが対峙する場面が1つの見せ場になりますので、2人の演技の巧さが非常に効いています。

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そしてレイを捕まえようとする保安官を「ドリーム ホーム」のマイケル・シャノン(Michael Shannon)が演じ、本作でアカデミー賞の助演男優賞にノミネートされています。

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またスーザンの軽薄な夫の役で「ソーシャル・ネットワーク」「J・エドガー」「コードネーム U.N.C.L.E.」のアーミー・ハマー(Armie Hammer)、スーザンの母親の役で「私が愛した大統領」「ハドソン川の奇跡」のローラ・リニー(Laura Linney)が出ている他、スーザンの友だち役で「わたしを離さないで」「バードマン」のアンドレア・ライズブロー(Andrea Riseborough)、その夫の役で「ミッドナイト・イン・パリ」のマイケル・シーン(Michael Sheen)、ギャラリーのスタッフ役で「ネオン・デーモン」のジェナ・マローン(Jena Malone)が出ています。

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監督とプロデュースのみならず、映画用の脚本もトム・フォードが書いたということで、ストーリーについても山ほど記したいことがあるのですが、敢えて一点だけ挙げれば、原作小説では力点が置かれてなかったスーザンと母親の関係が映画のもう一つの主題になっていることでしょう。本作のエンディングについて誰かと語り合うとき、多くの女性がスーザンと母親の間で交わされたセリフを反芻すると思います。

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公式サイト
ノクターナル・アニマルズNocturnal Animals facebook

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