FBIの初代長官として権勢を誇ったジョン・エドガー・フーヴァー(John Edgar Hoover)の半生を、クリント・イーストウッド(Clint Eastwood)監督が描いた伝記映画です。主演のレオナルド・ディカプリオ(Leonardo DiCaprio)を始め、実力派の俳優陣で固めた作品にもかかわらず、今年のアカデミー賞にまったくノミネートされなかったことでも話題になりました。
脚本は、映画「ミルク」でアカデミー脚本賞を獲得しているダスティン・ランス・ブラック(Dustin Lance Black)。この「J・エドガー」では、フーヴァー長官が密かにゲイであったという前提で描かれているのですが、ブラック本人は「ミルク」の主人公であるハーヴェイ・ミルク(Harvey Milk)同様、オープンリー・ゲイ(openly gay)です。
この映画の見どころは、何といってもディカプリオの演技でしょう。一歩間違えると上手さが鼻につくというか、観ている側が白けてしまうディカプリオの演技ですが、この「J・エドガー」では、20代から晩年(下の写真)に至る特殊メークにも違和感なく、思う存分、実力を発揮しているように思いました。
そしてフーヴァー長官の秘書、ヘレン・ガンディを演じたナオミ・ワッツ(Naomi Watts)と、長官の母親役のジュディ・デンチ(Judi Dench)。もともと演技力のある2人ですが、この映画でも素晴らしい演技をみせています。
ナオミ・ワッツは図書館でプロポーズされるシーン、フーヴァー長官の死後、秘密ファイルを黙々と処分するシーンが記憶に残りますし、ジュディ・デンチは息子のフーヴァー長官にダンスを教えるシーンが印象的でした。
さらに、フーヴァー長官のアシスタント的ポジションで、公私にわたって一生つきあいがあったクライド・トルソンを演じたアーミー・ハーマー(Armie Hammer)。
映画「ソーシャル・ネットワーク」では、ザッカーバーグを訴える Tyler Winklevoss の、エスタブリッシュメントらしい演技がはまり役でしたが、今回はホモセクシャルを内に秘めた役どころで、ディカプリオに劣らない熱演をみせています。
たとえば、紹介を受けたトルソンが、初めてフーバー長官の執務室を訪ねるシーン。表面的にはマッチョに振る舞いながら、気の小さなマザコン男であったフーヴァー長官は、トルソンの来訪に緊張して手のひらに汗をかき、それを拭ったハンカチを窓際に置きます。訪ねてきたトルソンがそのハンカチを見つけて、それを長官に手渡すのですが、そのたたずまいだけでホモセクシャルな関係を暗示する名演だったと思います。
イーストウッド監督の演出なのか、ブラックの脚本なのか、他にもフーヴァー長官が手のひらに汗をかくシーンがあるのですが、生真面目なディカプリオの演技のせいで、あまり生々しさを感じさせない描写になっています。唯一、アーミー・ハーマーとのシーンがあるおかげで、手のひらに汗をかくことの意味が明確になる感じです。
いずれにしても真面目な映画です。情景の組み立ても、出演したすべての人の演技も、非常に完成度が高いと思います。映画関係者の方にとっては良い研究材料になるのではないでしょうか。
ただ、個人的には、イーストウッド監督の作品すべてがそうなのですが、その優等生っぽさゆえに、今ひとつ琴線に触れない映画でした。きっと真面目な映画ファン向けの作品を作る監督なのだと思います。
[仕入れ担当]