このところ映画館がガラガラだという報道を見て、ただでさえ不景気で単館系の劇場が減っているのに、連鎖的に閉館されては堪らないと思い、久しぶりに映画を観に行ってきました。といっても割引料金の日だったのですが……。映画好きの私としては、映画館も自粛ムードに負けないでがんばって欲しいと思います。
ということで、この「わたしを離さないで(Never Let Me Go)」、カズオ・イシグロ(Kazuo Ishiguro)の小説を映画化した話題作です。
以前、小説を読んだときは、淡々と語られていくストーリーに隠された衝撃的な設定に、「どうして、こんなことを思いつくのだろう?」と、何よりも作者の想像力に驚愕しましたが、映画では冒頭で背景が語られてしまうので、そういう意味での驚きはありません。それでも典型的な英国の寄宿制学校の物語と、近未来的な背景のコントラストは十分に衝撃的だと思います。
作者本人がプロデューサーに加わっていることもあり、概ね原作に忠実です。しかし小説の読後感と映画の印象はいくぶん違います。たとえば主人公のキャシーが枕を抱いて「Never Let Me Go」を踊っているところをマダムが見て泣くシーンとか、トミーがWoolworthで「Never Let Me Go」が収録されたカセットテープを探し、続いてキャシーと一緒に探しに行くシーンとか、小説では重要な伏線であり、とても印象に残るシーンなのですが、映画では変えられたり削られたりしています。
傍系のストーリーを整理した分、わかりやすくシンプルにまとめあげられている印象です。脚本を担当したアレックス・ガーランド(Alex Garland)は、ディカプリオ主演で映画化された「ビーチ(The Beach)」の原作でデビューした小説家であり、映画「28日後…(28 Days Later…)」の脚本を書いた実力派。うまいはずです。また、ミュージックビデオで定評ある監督、マーク・ロマネク(Mark Romanek)の端正な映像も物語の世界観とぴったり合っています。
キャシーを演じているのは、「17歳の肖像(An Education)」のキャリー・マリガン(Carey Mulligan)。この映画での見どころは、何といっても彼女が静かに泣くシーンです。何カ所か泣くシーンがあるのですが、映画全体を支配する静謐感の中で、人間として溢れ出る感情がじわっと伝わってくる名演技です。
また、トミーを演じたアンドリュー・ガーフィールド(Andrew Garfield)やルースを演じたキーラ・ナイトレイ(Keira Knightley)のコンビネーションも良かったし、キャリー・マリガンを加えた3人のヘールシャム時代を演じた子役たちも上手でした。大人になった後を演じる役者たちと、子役たちの雰囲気がとても似ているので、まったく違和感ありません。
話題作ですので、予告編や宣伝で大作のような印象を受けるかも知れませんが、どちらかというと、こじんまりとした良質な映画です。平日の午後、静かに英国映画に浸りたいときにぴったりだと思います。
公式サイト
わたしを離さないで(Never Let Me Go)
[仕入れ担当]