今年のアカデミー賞で作品賞、監督賞、脚本賞、撮影賞に輝いた作品です。監督は「アモーレス・ペロス」「21グラム」「BIUTIFUL ビューティフル 」と、いくつもの名作を送り出してきたメキシコの奇才アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ(Alejandro González Iñárritu)。映画好きなら絶対に見逃せない1本です。
というより「映画好きのために作られた1本」と言い切って良いと思います。ストーリー自体は、いわゆるブロックバスター映画で脚光を浴びたハリウッド俳優が、その後、ヒットに恵まれないまま60代となり、もうひと花咲かせようとブロードウェイの舞台に挑戦するというシンプルなもの。
そこにドラムによるストイックなBGMと長回しを繋げたような映像で緊張感を持たせ、上質な作品に仕上げているのですが、製作手法だけでなく、普段、あまり映画を観ていない方にはピンとこないような小ネタがふんだんに使われているあたりも特徴で、ある意味、観客を選ぶ作品になっています。
たとえば、「ジェレミー・レナーって誰だよ」「ほら、ハート・ロッカーでノミネートされた・・・」というやりとりがあるのですが、観ていない人はこのセリフに込められた毒に気付かないと思いますし、メグ・ライアンの整形外科医が云々と言われても、最近のメグ・ライアンをイメージできなければ笑えません。
そのうえ、取材に来た芸能レポーターがロラン・バルトを映画スターだと勘違いすれば、別の取材陣の日本人は英語を聞き取れなくてトンチンカンな質問をするし、演劇批評家はハリウッド俳優に向かって「あなたは役者ではなく、ただのセレブ」と言い放つなど、業界の内輪受け的なネタが散りばめられています。
逆にこういう皮肉や揶揄が好きな人でしたら随所で笑えるでしょう。スタッフも、音楽は世界的なドラマーのアントニオ・サンチェス(Antonio Sanchez)、撮影はエマニュエル・ルベツキ(Emmanuel Lubezki)という最強の布陣。ルベツキは「ゼロ・グラビティ」に続く2年連続のアカデミー賞で話題になりましたが、ラテン映画好きなら「赤い薔薇ソースの伝説」や「天国の口、終りの楽園。 」の撮影監督といった方が響くかも知れません。
本作の主人公である元ハリウッドスター、リーガンを演じたのが、マイケル・キートン(Michael Keaton)。実生活では初代バットマンだった人ですね。その娘で付き人でもあるサムを演じたエマ・ストーン(Emma Stone)は「アメイジング・スパイダーマン」の恋人役だった人。本作では「ヘルプ」で演じた優等生っぽいキャラクターとは正反対の、薬物中毒の治療施設から出たばかりの女性を演じるのですが、これが実に良い感じです。
リーガンの友人で弁護士、舞台のプロデューサーを務めるジェイクを演じたのは「マイレージ、マイライフ」や「イントゥ・ザ・ワイルド」に出ていたザック・ガリフィアナキス(Zach Galifianakis)。これもまたリーガンの引き立て役として重要な役どころです。
劇中、ブロードウェイで上演される舞台劇はレイモンド・カーヴァーの短編小説「愛について語るときに我々の語ること(What We Talk About When We Talk About Love)」の翻案。主要な登場人物は心臓外科医と妻、その友人夫婦の合計4人で、これをリーガン、リーガンの恋人であるローラ、ブロードウェイの有名俳優であるマイク、マイクと同棲中の恋人であるレスリーの4人が演じることになります。
そのマイクを演じるのが「ムーンライズ・キングダム」「グランド・ブダペスト・ホテル」のエドワード・ノートン(Edward Norton)、レスリー役は「愛する人」「インポッシブル」「美しい絵の崩壊」のナオミ・ワッツ(Naomi Watts)、ローラ役は「わたしを離さないで」に出ていたアンドレア・ライズボロー(Andrea Riseborough)。
ちなみに、カーヴァーの原作は、2組の夫婦がキッチンでジンを飲みながら愛について語り合う話で、そこで語られるエピソードの一つが、心臓外科医の妻とその前夫の関係について。
妻は家庭内暴力を振るう前夫と別れて心臓外科医と暮らすようになるのですが、その家に銃を持って乗り込んできて、自殺を図った揚げ句、何日か苦しんで死んだという前夫。それに対して、彼の暴力は彼なりの愛の示し方だったと言う妻と、それは愛ではないという心臓外科医が、友人夫婦を議論に巻き込むわけです。
舞台では、自殺を図る前夫の役も、リーガンがカツラを被って演じ分けていて、舞台の世界のもう一つのエピソードである交通事故に遭った老夫婦の話と、映画の世界で曖昧な繋がりを持たせるあたりも絶妙です。
ということで、細かいことを語り始めるとキリがないのですが、もう少し書くと、ストリートで酔っぱらいが叫んでいるのはシェイクスピア「マクベス」第五幕第五場のセリフですし、オープニング・クレジットはおそらくゴダール「気狂いピエロ」へのオマージュか単なるパロディかどちらか。
いずれにしても、映画好きな人にとって、話が尽きなくなる映画であることだけは間違いありません。
公式サイト
バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)/Birdman: Or (The Unexpected Virtue of Ignorance)
[仕入れ担当]