映画「スペンサー ダイアナの決意(Spencer)」

Spencer チリのサンティアゴ出身のパブロ・ラライン(Pablo Larraín)監督。ピノチェト時代を描いた「NO」やカソリックの暗部を扱った「ザ・クラブ」、チリの国民的詩人を題材にした「ネルーダ」など母国にまつわる作品だけでなく、米国現代史に触れた「ジャッキー」のような話題作も撮っていますが、本作は後者の一環といえるでしょう。別居生活に入る直前のダイアナ妃を取り上げ、彼女の人となりにフォーカスしつつ英国王室の暮らしを垣間見せてくれます。

舞台となるのは英国王(女王)の私邸であるサンドリンガム・ハウスで、時期は1991年のクリスマスイブからボクシングデーまでの3日間。その翌年12月にチャールズと正式に別居するのですが、既に夫婦の関係は冷えきっていて、ダイアナとしては王室メンバーと過ごすクリスマスは苦痛でしかなかったようです。

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映画の始まりはダイアナが道に迷う場面。自ら運転するポルシェ911で王族たちが集うサンドリンガム・ハウスに向かうのですが、自分の居場所を見失い、ドライブインのような店に入って道を尋ねます。店中から集まる視線も意に介さずに助けを求める姿は、彼女が当時置かれていた状況を比喩的に表現したものでしょう。

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彼女を探しに来たシェフと出会ってことなきを得るのですが、実はサンドリンガム・ハウスがあるエリアはダイアナが少女時代を過ごした場所。カカシに着せられていたハンティングジャケットを見てそれを思い出した彼女は、急かすシェフを無視してジャケットを脱がしにかかります。カカシが着ているのは父のお古なので持って行きたいというのです。

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このあたりで、なぜ本作の原題がダイアナの旧姓なのか判ってきます。

1863年にエドワード7世のためにサンドリンガムの敷地内に建てられたパークハウスが後年、スペンサー家に貸し出され、ダイアナはここで生まれて14歳まで育ちました。その後、スペンサー家はオルソープに引っ越し、パークハウスはレナード・チェシャーの慈善団体(Leonard Cheshire Disability)に譲渡されて、現在はPark House Hotelという障碍者向けの療養施設になっているようです。

ダイアナ妃は10代の大半を英国内の寄宿学校やスイスの学校で過ごし、20歳になってすぐ結婚していますので、このパークハウスに実家のような懐かしさを感じたのでしょう。王室の一員になる前、スペンサー家の令嬢だった頃の記憶が押し寄せてきます。

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サンドリンガム・ハウスに到着し、彼女に与えられた部屋に入ると、ベッドの脇にアン・ブーリンの伝記が置かれていました。誰が何故この本を置いたかというのは後で謎解きされますが、これを読んだダイアナは当然のように自分とアン・ブーリンを重ね合わせます。

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ヘンリー8世の最初の王妃の侍女だったアンは、ヘンリー8世から愛人になるように求められた際、それを拒否して王妃の座を要求します。カソリック教会は離婚を認めませんのでヘンリー8世は1回目の結婚を無効にしようとするのですが、教皇庁が受け入れず、ヘンリー8世はカソリックと決別して英国国教会を立ち上げ、ようやくアンと結婚できるようになります。

しかし、すぐにヘンリー8世の気持ちはアンの侍女ジェーン・シーモアに移ります。邪魔になったアンは反逆、姦通などの罪を着せられて処刑されてしまうのですが、このあたりのことは先頃亡くなったヒラリー・マンテルのベストセラーでご存じの方も多いでしょう。いずれにしても、ベッドサイドに置かれた伝記は姦通した女性の末期を示唆するものであり、ある種の警告でもあるわけです。

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チャールズとの関係に悩み、拒食症に苦しんでいたダイアナは王室のディナーに出たくありません。とはいえ、サンドリンガム・ハウスに来た以上、女王が取り仕切る行事に参加するのは義務です。またチャールズからクリスマスプレゼントに贈られたパールのネックレスは、彼がカミラに送ったものと同じだと知り、さらに気持ちが萎えていきます。

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そんなストレスフルな滞在で唯一の慰めは王子たちと一緒に居られること。彼らも母であるダイアナと過ごす時間を大切にすると共に心から心配しています。王子たちを心の支えにし、ダイアナが心を開ける数少ない王室スタッフであるシェフと侍女に助けられて何とかイブをやり過ごします。

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しかしクリスマス当日、教会の前でカミラの姿を見つけてしまいます。映画の中ではカミラという固有名詞は使わず、ジェーン・シーモアと呼んでいますが、彼女こそがダイアナの悩みの種、諸悪の根源です。

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それにしても私たち観客にも、髪型だけでカミラだとわかるというのはスゴいですね。アン王女もぱっと見でわかりますが、カミラのヘアスタイルの高い視認性には他の追随を許さないものがあります。

お気に入りの侍女マギーをロンドンに帰され、女王の執事であるグレゴリー少佐にあれこれ介入されてただでさえ苛立っているところ、カミラを見たことでダイアナの不快感も頂点に達します。アン・ブーリンの不遇な生涯が身につまされます。

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クリスマス休暇の3日間にじわじわと追い詰められていくダイアナ。そんな不安定なプリンセスを演じてみせたのは「アクトレス」「パーソナル・ショッパー」のクリステン・スチュワート(Kristen Stewart)で、米国西海岸出身の彼女が英国貴族を演じるのは無謀と言われながらも、結果的に高い評価を得ました。スキャンダルなどで苦労してきた彼女ですから、ダイアナが抱えていた難しさを自然に表現できたのかも知れません。

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彼女に寄り添う侍女マギーを演じたのは「ブルージャスミン」「シェイプ・オブ・ウォーター」のサリー・ホーキンス(Sally Hawkins)。そして厳格な執事グレゴリーを演じたのは「英国王のスピーチ」「ターナー、光に愛を求めて」「輝ける人生」のティモシー・スポール(Timothy Spall)で無口で気むずかしい役柄がぴったりはまってます。

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美しい風景が印象に残る映画ですが、撮影は「燃ゆる女の肖像」「秘密の森の、その向こう」のクレア・マトン(Claire Mathon)。もちろん本物のサンドリンガム・ハウスでロケするわけにはいきませんので、実際に撮影したのはドイツのNordkirchen Castleだそうです。英国の城とドイツの城、ファサードはまったく違いますが、果たして内装はどうなのでしょうか。

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公式サイト
スペンサー ダイアナの決意Spencer

[仕入れ担当]