スイスの大自然を背景に、自らの年齢と対峙する大女優の葛藤を描く人間ドラマです。主役のマリアを「おやすみなさいを言いたくて」のジュリエット・ビノシュ(Juliette Binoche)、そのマネージャーのヴァレンティンを「オン・ザ・ロード」「アリスのままで」のクリステン・スチュワート(Kristen Stewart)が演じ、クリステン・スチュワートが米国人女優として初めてセザール賞を獲得したことでも話題になりました。
監督・脚本は「夏時間の庭」「カルロス」のオリビエ・アサイヤス(Olivier Assayas)で、撮影は「カルロス」と同じくヨリック・ル・ソー(Yorick Le Saux)。原題に掲げられている「雲」を始め、山岳リゾートならでは美しい風景や自然現象を巧みに取り込んだ作品です。
冒頭は列車のコンパートメント。2人は劇作家メルヒオールを讃える賞をマリアが代理で受け取るため、チューリッヒに向かっている途中です。ヴァレンティンはマリアの仕事のスケジュール調整の連絡で忙しく、マリアもまた授賞式の挨拶の推敲をしながら離婚に向けた共有不動産の処分で忙しく電話しています。
なぜマリアが代理で授賞式に出るかといえば、メルヒオールが公の場に出ることを拒絶しているから。メルヒオールは、マリアが駆け出しの女優だったとき、舞台劇「マローヤのヘビ」の主役に抜擢してくれた恩人で、マリアはそれ以来、メルヒオールとその妻ローザから信頼されているのです。
しかしその直後、車中でメルヒオールの訃報を聞くことになります。そして式典に「マローヤのヘビ」で共演したヘンリックも招かれたことが知らされます。ヘンリックはメルヒオールが嫌っていただけでなく、マリアもわけあってあまり会いたくない相手。さらに、若手の戯曲家クラウスから「マローヤのヘビ」のリメイク版への出演依頼もあって悩みが押し寄せることになります。
「マローヤのヘビ」というのは、40歳の女性経営者ヘレナが、20歳のシグリットに翻弄されて破滅するという物語。マリアは20年前にシグリットを演じて脚光を浴びたわけですが、今回、依頼されたのはヘレナの役。
自分は幾つになってもシグリットだという思いからヘレナに共感できないばかりか、ヘレナを演じた女優が実生活でも不運な最期を迎えたこともあって乗り気ではありません。しかしヴァレンティンは、クラウスは躍進中の戯曲家だから出演すべきだと勧め、ヘレナを年齢を重ねながらも無垢な内面を抱えた女性だと解釈して演じるべきだと説得します。
結局、マリアは依頼をうけることに決め、シルス・マリアにあるメルヒオールの山荘をローザから貸して貰って、ヴァレンティン相手にセリフの読み合わせを始めます。
そこでマリアとヴァレンティンの心情がヘレナとシグリットの会話に重なり、山荘での2人と劇中劇の2人の境界が曖昧になっていきます。また、シグリットを演じる予定の新人女優ジョアンのことを、ネットで検索し、動画をチェックしているうちに、彼女の存在がどんどん膨らみ始めます。
この場面での心理描写が最大の見どころでしょう。2人のやりとりが実に素晴らしくて、ジュリエット・ビノシュとクリステン・スチュワートという旬の女優同士が演技力で勝負している感じ。またそこに挟み込まれる山の映像が絶妙です。マローヤのヘビとは、シルス・マリアの南にあるマローヤの峠を流れるように現れる雲のことで、天候が崩れる予兆。こういった自然の風景が2人の心の動きと重なります。
このように非常に味わい深い作品なのですが、シリアスさはありません。きっと観ているうちにコメディの要素がふんだんに詰め込まれていることに気付くでしょう。年齢を重ねた役者というテーマや、楽屋オチが多いという点で「バードマン」的な作品といえるかも知れません。
まず、この物語全体がテシネ監督の「ランデヴー」を参照していて、また何度も言及されるブロックバスター映画として「ゴジラ」や「トワイライト・サーガ」がイメージされていることがわかります。「それってトランティニャン(Jean-Louis Trintignant)のこと?」などと想像したり、「キック・アス」風の寸劇を笑ったりしながら楽しむ作品だと思います。
そして、そこら中に散りばめられたセレブの名前。ゴシップ通ならピンとくる小ネタが多々あると思いますが、ジョアンの不倫騒ぎはクロエ・グレース・モレッツ(Chloë Grace Moretz)ではなく、クリステン・スチュワートに絡めているのでしょう。
面白いのはこの映画の公開後に発表されたシャネルの2015-16秋冬オートクチュールのテーマがカジノで、ルーレットテーブルに着席しているクリステン・スチュワートの写真が各種メディアを飾ったこと。本作の制作に協力したシャネルが、映画の一場面をコレクションに取り込んだ形です。
ということで、さまざまな楽しみ方ができる奥行きある作品です。アサイヤスの次作はクリステン・スチュワートが主演だそうですし、このタイミングで観ておいて損はない一本だと思います。
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