2012年に観た「人生はビギナーズ」では父親との思い出、2017年に観た「20センチュリー・ウーマン」では母親との思い出をベースにしたマイク・ミルズ(Mike Mills)監督。2012年3月にミランダ・ジュライとの間に子どもが生まれ、その育児経験を反映させて創り上げたのが本作だそうです。
ケン・ローチ監督作品のほか「女王陛下のお気に入り」「マリッジ・ストーリー」「選ばれなかったみち」で撮影監督を務めたロビー・ライアン(Robbie Ryan)が端正なモノクロ映像で捉えたデトロイト、ロス・アンジェルス、ニューヨーク、ニューオリンズの風景も魅力ですが、何より主役2人の演技が光る作品です。
伯父のジョニーを演じたのはホアキン・フェニックス(Joaquin Phoenix)。このブログでも「ザ・マスター」「エヴァの告白」「her/世界でひとつの彼女」「インヒアレント・ヴァイス」「ビューティフル・デイ」「ドント・ウォーリー」「ゴールデン・リバー」「ジョーカー」と出演作をご紹介してきましたが、そのいずれとも傾向が異なる役柄です。精神的な傷を負っているわけでも、社会的に受け入れらないわけでもありません。ごく普通に暮らしているありきたりの男性。敢えていえば、母親を亡くし、恋人との別れを経験して、心の奥底に喪失感を抱えていることが物語の下地になっています。

その相手役、9歳の甥ジェシーを演じたのは、オーディションで選ばれたという子役のウッディ・ノーマン(Woody Norman)。彼の演技が実に素晴らしくて、名優ホアキンの演技を喰ってしまっている感も否めないほどです。その上、彼は英国人で、言葉のアクセントを変えて演じたそうですから驚きます。

ジョニーの職業はラジオジャーナリストで、仕事仲間と米国内を飛び回り、子供たちに暮らしぶりや将来に対する考えをインタビューして素材を集めています。仕事柄、子どもの扱いに馴れていると思ったのか、ロス・アンジェルスに住んでいる妹のヴィヴから、別居中の夫ポールの世話でオークランドに行く必要があるので、その間、息子ジェシーの面倒を見て欲しいと頼まれます。音楽家のポールは双極性障碍なのですが、入院を嫌がっており、彼を説得して病院に送り込む必要があるようです。

実はジョニーとヴィヴは1年ほど疎遠になっていました。認知症を患っていた二人の母親キャロルが亡くなったことが原因ですが、同じ頃、ジョニーが長年の恋人ルイーザと破局したことも関係しているようです。

ジョニーは久しぶりにヴィヴに電話したわけですが、思いがけずジェシーのことを頼まれて、急遽、出張先のデトロイトからロス・アンジェルスに飛ぶことになります。

いつも子どもに接しているとはいえ、子育て経験があるわけではありませんので、ジェシーとの暮らしは驚きと困惑の連続です。それも束の間のことだと受け入れていたのですが、ヴィヴから電話があり、ポールの件で手こずっていてもう少しオークランドに滞在しなくてはならないと告げられます。つまり今しばらくジェシーの面倒をみなくてはなりません。とはいえ、いつまでも仕事仲間を待たせておくわけにもいきません。

結局、ジョニーはジェシーをニューヨークに連れて帰ることにします。それを聞いたヴィヴは反対しますが、仕事仲間のロクサーヌとファーンが世話を手伝ってくれるから大丈夫だとを説得して二人は機上の人に。

そこでかかるBGMがThe Ostrich。マイク・ミルズにとってニューヨークのイメージというとルー・リードなのですね。それもヴェルヴェット・アンダーグラウンド結成前の知る人ぞ知る楽曲を持ってくるあたりが彼らしいところ。これ以外にも、前半でかかるピアノ曲がエチオピアの修道女エマホイ・ツェゲ=マリアム・ゴブルーの演奏だったり、相変わらず選曲のセンスも抜群です。

当初はギクシャクしていたジョニーとジェシーですが、それぞれの気むずかしさをぶつけ合うことで少しずつ信頼関係を築いていきます。ロウアー・イースト・サイドのピザ屋(Scarr’s Pizza)のカウンターでインタビュー形式の突っ込んだ会話(Blah blah blah)をしてから、その後の路上で信号待ちに至る場面は見どころの一つでしょう。

もう一つはジョニーがジェシーにクレア・A・ニヴォラ(Claire A. Nivola)の Star Child を読んであげる場面。これはマイク・ミルズ監督のお気に入りの一冊だそうですが、読んでいるうちに気持ちが高ぶってくるジョニーとジェシーの会話がリアルであると同時に奥深さを感じさせてくれます。他にもジャクリーン・ローズ(Jacqueline Rose)の母親に関する2018年のエッセーなど自身の愛読書を登場させるところもこの監督らしさだと思います。

ジョニーとジェシー、ジョニーとヴィヴの対話を軸に展開する物語ですが、そこにジョニーが仕事でインタビューする子どもたちの回答を重ねることで、この淡い感触の映画を味わい深いものにしています。インタビューして言葉を記録することの意味合いと、子ども時代の思い出が次第に薄れていくというこの映画の視点がうまく共鳴し合うところも巧いと思います。子どもたちへのインタビューは仕込みではなく、実際に質問し、答えてくれた声を使っているそうで、皆しっかりしていてつくづく感心してしまいました。

そしてエンディング。ジェシーがジョニーの声色で未来について質問し、それに自ら答えて締めくくります。その場面はこんな感じです。
But whatever you planned on happening, that doesn’t happen. Other stuff you never thought of happens. So just – c’mon, c’mon, c’mon, c’mon, c’mon, c’mon, c’mon, c’mon, c’mon, c’mon, c’mon, c’mon, c’mon.
計画していたことは起こらず、考えもしなかったことが起こる。だから進むんだ、先へ、先へ、先へ、先へ…。

ふわっとした印象とは裏腹にいつまでも心の奥底に残る一本だと思います。
公式サイト
カモン カモン(C’mon C’mon)
[仕入れ担当]