映画「インヒアレント・ヴァイス(Inherent Vice)」

00 ポール・トーマス・アンダーソン(Paul Thomas Anderson)の最新作です。「ザ・マスター」でも書いたように現代最高レベルの監督ですが、その彼が、未だ一作も映画化されていないピンチョン(Thomas Pynchon)作品を手がけるというので、早く日本公開されないかと、心待ちにしていました。

原作小説は「LAヴァイス」というタイトルで邦訳が出ています。ピンチョンにしては読みやすいという評判ですが、お得意の言葉遊びに付き合いながら、縦横無尽に展開するストーリーを600ページ近く読み通すのはなかなか大変で、映画を観て「こういうお話だったんだ!」とモヤモヤがすっきりした感じです。

ということで、映画では、ラスベガスに行く場面など傍系の話をトリミングして、ストーリーが非常にわかりやすくなっています。ひと言でいえば、人情系というのでしょうか。主人公であるヒッピー崩れの探偵ラリー・スポーテッロ、通称ドックが、そのチャランポランなライフスタイルとは裏腹に、きっちりスジを通すお話です。

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時は1970年。物語はドックの部屋に元カノのシャスタが訪ねてくる場面から始まります。交際していた頃は、カントリー・ジョー&ザ・フィッシュのTシャツと花柄ビキニのボトムというスタイルだったのに、今夜は全身フラットランドの装い(=all in flatland gear)で、ドックは思わず「幻覚かと思ったよ」とつぶやきます。マリファナを常用する生活が滲み出るうまい立ち上がりですね。ちなみにフラットランドというのは、ヒッピーコミュニティの上に広がる堅気の市民の世界を指す言葉だそう。

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なぜシャスタが堅気の格好をしているかといえば、彼女が大金持ちの土地開発業者、ミッキー・ウルフマンの愛人になっていたから。彼女が訪ねてきた理由は、ミッキーの妻とその愛人が、ミッキーの資産を乗っ取ろうと計画していて、それに荷担しないかと持ちかけられたから。ミッキーを守りたいと言うシャスタの話を、ドックは微妙な気持ちで聞きます。

不動産屋を営んでいる伯母に、ミッキーについて訊いてみると“実際はユダヤ系(=technically Jewish)なのにナチになりたがってるような男”とのこと。ネオナチのバイカーたちをボディガードとして雇っている危険な人物なので、かかわりを持たないように言われますが、別の依頼者の話をきっかけにミッキーが宅地造成している土地にあるマッサージパーラーを訪ねるドック。

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そこで不意打ちをくらって倒され、意識が戻ると殺人事件の参考人になっています。捜査官はドックの盟友であり宿敵でもあるクリスチャン・F・ビョルンセン警部補、通称ビッグフット。小説では血液反応の検査薬であるベンジジン (benzidine) と覚醒剤のベンゼドリン(benzedrine)の言葉遊びなどが出てくる場面ですが、映画ではそういう複雑なダジャレには見向きもせず、どんどん進んでいきます。

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というのは、ここまでがストーリーの10%程度で、この後、土地開発を巡るいざこざや、FBIとCIAの反目、麻薬の密輸組織、FBIの内部対立、ベトナム戦争、チャールズ・マンソン、ネオナチや黒人問題、インディアン(ネイティブアメリカン)の土地の話など、さまざまな要素を巻き込んで展開しますので、枝葉末節を端折らないと映画が終わらなくなってしまうのです。

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主役のドックを演じたのが、「her/世界でひとつの彼女」「エヴァの告白」のホアキン・フェニックス(Joaquin Phoenix)。本当に上手な役者さんですね。ポール・トーマス・アンダーソン作品としては「ザ・マスター」に続く主演となりますが、共演したフィリップ・シーモア・ホフマン亡き今、数少ない“出演作を必ず観ておきたい俳優”の1人です。

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そしてビッグフットを演じたのが「トゥルー・グリット」「とらわれて夏」のジョシュ・ブローリン(Josh Brolin)。予告編に、彼が日本語で怒鳴るシーンが使われていますが、あれはパンケーキが旨い日本料理屋というピンチョンっぽい妙な設定の店にドックを連れていくシーンです。

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日本語の他にもスペイン語やギリシャ語まで登場するマルチリンガルな小説ですが、スペイン語といえば「チェ・ゲバラ」のベニチオ・デル・トロ(Benicio del Toro)がドックの相棒的な弁護士役で出ていて、なかなかいい味を醸し出しています。

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シャスタを演じたキャサリン・ウォーターストン(Katherine Waterston)は、本作で初めて観ましたが、これで注目されて映画「Steve Jobs」への出演が決まったそう。

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その他、ミッキー役でエリック・ロバーツ(Eric Roberts)、ドックの現在の彼女の役でリース・ウィザースプーン(Reese Witherspoon)、鍵を握るサックスプレイヤーの役で「ミッドナイト・イン・パリ」のオーウェン・ウィルソン(Owen Wilson)が出ています。

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また、ドックの事務所が間借りしているクリニックの受付を演じているマーヤ・ルドルフ(Maya Rudolph)は監督のパートナーで、本作が捧げられているIdaというのは、撮影終了後、二人の間に生まれた娘の名前とのこと。

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そして、あくまでも噂ですが、精神病院のシーンでスープを給仕されている老人男性はピンチョンのカメオ出演だそうです。

公式サイト
インヒアレント・ヴァイスInherent Vice

[仕入れ担当]