映画「ジョーカー(Joker)」

joker 話題作ですね。バットマン・シリーズ最大の悪役であるジョーカーの誕生秘話です。といっても原作コミックに基づくものではなく、監督を務めたトッド・フィリップス(Todd Phillips)と脚本家のスコット・シルヴァー(Scott Silver)が推敲に推敲を重ねて創り上げたオリジナルストーリーだそう。ですから、少年時代のブルース・ウェインが両親の殺害を目の当たりにするというバットマン・シリーズの前日譚に触れる程度で、バットマンそのものは登場しません。

ストーリーはといえば、老いた母と慎ましく暮らすコメディアン志望の大道芸人アーサーが、さまざまな理不尽にぶつかり、次第に悪の権化へと変わっていくというもの。本来のアーサーは善良すぎるといって良いほどの善人なのですが、福祉削減のような社会的な切り捨てや、弱いものいじめのような個人的な仕打ちによってどんどん追い詰められていきます。一種の巻き込まれ型サスペンスといって良いでしょう。

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表面的には、我慢の限界を超えて邪悪な心が表面化していくシンプルな物語ですが、話を複雑にしているのはアーサーの妄想癖。彼が実際に経験したことなのか、彼が頭の中で思い描いたことなのか、観客には見分けられません。どこまで妄想の世界と捉えるかによって解釈が変わりますので、見る人によって多様な受け止め方ができる映画になっています。

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またアーサーが、自分の気持ちとは関係なく笑い出し、その笑いが止まらなくなってしまうという、トゥレット症候群の一種と思われる病を患っていることもポイント。コメディアンになって人を笑わせたいと願うアーサーが、笑いたくないときに笑ってしまうというのも皮肉なことですが、それを通じて顕在化される笑いの暴力性もこの映画の仕掛けの一つだと思います。

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冒頭で描かれる理不尽は、道化師姿でサンドウィッチマンのような仕事をしていたアーサーが不良少年の集団に襲われ、手持ち看板を壊されてカネを奪われる場面。とんだ災難ですが、彼に仕事を依頼した事務所に戻ると、失った看板を弁償するように言い渡されます。

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この襲われるシーン、よく見ていると不良少年たちがヒスパニック系であることに気付きます。つまり、貧しい白人が移民にやられる構図。アーサーを演じているホアキン・フェニックス(Joaquin Phoenix)はプエルトリコ生まれですが、両親は米国出身でラテン系ではありませんので、まさに現代社会で軋轢を生んでいる問題そのものです。

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この一件の後、同僚から護身用の拳銃を譲り受けたアーサー。しかし障碍児施設で大道芸を演じているさなかに拳銃を落としてしまい、この仕事を失ってしまいます。どちらもちょっとした不運が、大きな経済的不利益に繋がっていくパターンです。

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悲嘆に暮れながら地下鉄に乗っていると、酔っ払って女性に絡んでいる男性3人組に出くわします。当初は傍観していたアーサーですが、ふいに病気が顕れ、発作的に笑い出してしまいます。症状を説明するカードを示そうとするアーサーをぶちのめす3人組。無我夢中で拳銃を振り回すアーサー。

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結果的にこの3人を射殺してしまうのですが、彼らがいわゆるwall street guyだったことが、この殺人に別の意味を持たせてしまいます。我が物顔の富裕層に制裁を加えた道化師として新聞の紙面を賑わすことになるのです。これが火付け役となり、道化師の仮面を着けて経済格差に抗議する活動が広がっていきます。2011年に起こった“Occupy Wall Street”や“We are the 99%”のようなものでしょう。

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とはいえアーサーの暮らしぶりは相変わらずです。病気がちな母親ペニーの世話をしながら、憧れのマレー・フランクリンのTVショーを観る毎日。ペニーはペニーで、その昔、家政婦として使えていた富豪トーマス・ウェインに救済を求める手紙を書き続けています。

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そんなある日、アーサーは母親の手紙の中身を見て、自分がトーマスとペニーの間に出来た私生児だと知ります。そしてウェイン邸に赴いて真実を追求しようとするのですが、彼の子息ブルースと執事アルフレッドに会えただけで、本人を問いただすことはできません。

しかし紆余曲折を経て、ペニーが以前入院していた病院のカルテを入手し、自分が彼女の養子であること、彼女にも精神疾患があること、アーサーを虐待したことで罪に問われたことなどを突き止めます。

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つまり、トーマスの子どもを産んだというのがペニーの妄想である上に、アーサーの脳の損傷もペニーによるものだったのです。唯一、心を通わせていた母親に裏切られたと悟ったアーサーは、社会に対する憎しみを募らせ、善から悪へと変貌を遂げていきます。

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ここでも妄想癖が話を複雑にしていて、ペニーは裏にTWとサインされたスナップ写真を持っているのですが、もしこれが真実を物語るものなら、トーマスが私生児を産んだペニーを精神病に仕立て上げた可能性も考えられます。とはいえ、その写真の存在も妄想かも知れませんし、そもそも病院のカルテを見たこと自体も妄想かも知れません。映画で表現されたどの部分を信頼するか、どの部分を妄想と割り切るか、誰かと議論するのも楽しいかと思います。

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この映画の見どころ言うまでもなくホアキン・フェニックスの演技でしょう。ほとんど彼の一人芝居です。これまでも「ザ・マスター」「エヴァの告白」「her/世界でひとつの彼女」「インヒアレント・ヴァイス」「ビューティフル・デイ」「ドント・ウォーリー」「ゴールデン・リバー」などこのブログでご紹介した全作で彼の演技をベタ褒めしてきましたが、本作は「ザ・マスター」や「ビューティフル・デイ」に匹敵する好演だったと思います。間違いなく年明けの賞レースに絡んでくるでしょう。

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その他、TV司会者マレー・フランクリン役でロバート・デ・ニーロ(Robert De Niro)、母親ペニー役でベテランのフランセス・コンロイ(Frances Conroy)、アーサーが心を寄せる女性ソフィー役で躍進中のザジー・ビーツ(Zazie Beetz)、アーサーを追う刑事役でビル・キャンプ(Bill Camp)などが出ています。

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公式サイト
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