映画「ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男(Dark Waters)」

Dark Waters新年一本目のご紹介はトッド・ヘインズ(Todd Haynes)監督の社会派映画です。このブログでは同監督の「キャロル」と「ワンダーストラック」をご紹介してますが、それらとは傾向が異なる実話ベースの作品で、環境汚染を隠してきた企業と訴訟を起こした弁護士のせめぎ合いを描いていきます。

原作となったのは2016年1月10日付ニューヨークタイムズの日曜版(Sunday Magazine)36ページに掲載された“Rob Bilott v. DuPont.”という1万ワード弱のルポルタージュ。著者はナサニエル・リッチ(Nathaniel Rich)という作家で、本作や地球温暖化を扱ったノンフィクションの他に小説も発表しているようです。ちなみにこのルポルタージュは現在も“The Lawyer Who Became DuPont’s Worst Nightmare”というタイトルでWEB公開されています。

映画の始まりは、若者たちがビールを飲んで騒ごうとフェンスを乗り越えて誰かの敷地に入り込む場面。ふざけ合いながら深夜の水路で泳いでいた彼らを警備艇が追い払うのですが、その警備艇の本来の仕事は水面に漂う石けんの泡のようなものを消すこと。この泡こそ界面活性剤として用いられるPFOA(ペルフルオロオクタン酸)を秘密裏に廃棄した結果であり、本作のテーマとなる有害物質です。

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本作の主人公ロブ・ビロット(Rob Bilott)は、タフト・スタティニアス・ホリスター(Taft Stettinius & Hollister)法律事務所に所属する、アソシエイトからパートナーに昇進したばかりの弁護士です。

1998年のある日、会議中に呼び出されて受付に行くと、ベースボールキャップにネルシャツという、この事務所への訪問者としては珍しい出で立ちの二人組が待ってます。レセプショニストによると、会議中だと言っても帰ってくれないから、ということで仕方なく対応すると、彼らはウェストバージニア州パーカーズバーグの農民で、ロバートの祖母アルマの紹介で訪ねてきたとのこと。親が空軍勤務で各地を転々として育ったロブは、夏になると祖母の家に滞在し、近所のグラム家の牧場で馬に乗ったり、牛の乳を搾ったりしていたのでした。

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訪ねてきたウィルバー・テナントはグラム家の隣で牧畜をしている農場主。彼が飼育している牛が原因不明の病気で死んでいて、近くに工場を持つデュポンに原因があると思うのだが、地元の弁護士も獣医もデュポンに気兼ねして協力してくれない、アルマの孫が環境問題の弁護士をしていると聞いて訪ねてきたとのことです。

ロブは確かに環境問題を専門とする弁護士ですが、タフトは企業を顧客とする法律事務所であり、企業の代理人としてEPA(環境保護庁)の規制に対応する仕事が中心です。消費者サイドに立って企業を訴える仕事はしていません。そう断ってもウィルバーは聞く耳を持たず、ロブに大量のビデオテープを託して帰って行きます。

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ビデオを見たロブはウィルバーの農場を訪ね、190頭もの牛が病死し、歯の黒ずみ、腫瘍などが見られたという説明を受けます。以前、近郊のデュポンの工場(Washington Works)で働いていた彼の弟ジムは、謎の健康悪化で経済的苦境にたたされ、仕方なく夫婦の土地66エーカーをデュポンに売却したそうです。デュポンはそこをドライラン埋立地と呼んでドラム缶に詰めた廃棄物を投棄し、それ以降、ウィルバーの牛に異変が生じ始めたということです。

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ロブは、デュポン社の代理人を務める旧知の弁護士フィル・ドネリー(実際はデュポンの社内弁護士バーナード・ライリーのようですが)に依頼し、投棄された化学物質に関する報告書を開示してもらいます。しかしそれが酷いもので、牛の不審死はウィルバーの飼育に問題があり、栄養不足、獣医師のケア不足、ハエの駆除不足が原因と結論づけていたのです。

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ロブも上司のトム・タープ(Tom Terp)も当初はある程度ウィルバーに協力して、デュポンに紛争処理のアドバイスを提示する程度で穏便に済ませようと考えていました。しかし、獣医師に偽の報告書を作らせ、企業ぐるみで隠蔽工作をしていることにロブは憤ります。

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業界のイベントでフィルと再会したロブは、話を蒸し返して彼を怒らせます。デュポンが資料提供を拒否したことから、ロブは裁判所を通じて開示請求し、全面対決の様相を示し始めます。開示は認められましたが、それに対してデュポンは、未整理の書類が詰められた段ボール数十箱を送りつけてきます。ロブは数ヶ月かけて11万ページの文書を整理し、問題の物質であるPFOA、デュポン社内でC8(炭素が8つ連鎖しているから)と呼ばれていた有機フッ素化合物の闇を明かしていきます。

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これが単に農場の土壌汚染の問題に留まらず、デュポン従業員の健康被害から公共水道の水質汚染まで拡がり、ロブは水道水を飲んでいた地域住民7万人の代理人として法廷闘争を繰り広げることになります。

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そのロブを演じたのは「キッズ・オールライト」「はじまりのうた」「フォックスキャッチャー」「スポットライト」のマーク・ラファロ(Mark Ruffalo)。プロデューサーを買って出ただけあって、渾身の演技で気弱さと気丈さ、地道さと大胆さを併せ持った人物像を巧みに表現しています。ほぼ彼の映画と言って良いでしょう。そういえば「フォックスキャッチャー」もジョン・デュポンと対峙する役でしたから、何かとデュポンと縁がある人ですね。

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また、ロブの妻サラ・バーレイジ・ビロット役で「レイチェルの結婚」「レ・ミゼラブル」のアン・ハサウェイ(Anne Hathaway)、上司トム・タープ役で「ロープ/戦場の生命線」のティム・ロビンス(Tim Robbins)が出演している他、農場主ウィルバー・テナント役に「ワイルドライフ」「ジョーカー」「聖なる鹿殺し」に出ていたビル・キャンプ(Bill Camp)、その妻サンドラ役に同じく「聖なる鹿殺し」に出ていたデニース・ダル・ベラ(Denise Dal Vera)、デュポン側の弁護士フィル・ドネリー役に「アルゴ」「ボーダーライン」のヴィクター・ガーバー(Victor Garber)など実力あるバイプレーヤーを集めています。

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ニューヨークタイムズのルポルタージュが出た2016年は、ロブが最初の訴訟を起こした2000年から数えると既に16年の歳月が経っているわけですが、ルポルタージュの締めくくりは“この3月に始まる裁判が終了すると彼には3,533件の裁判が残されていることになる”というフレーズで結ばれています。長い闘いですね。3年ほど前に観た「華氏911」ではマイケル・ムーア監督がミシガン州フリント市の水道水汚染を糾弾していましたし、古くはスティーヴン・ソダーバーグ監督が「エリン・ブロコビッチ」でPG&Eのヒンクリー地下水汚染を取り上げていましたが、米国の水は永遠に安全にならないのでしょうか。

公式サイト
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