このブログでは年末に「モナドが選ぶベスト映画」を発表しているのですが、本作は間違いなく今年のベストに入るでしょう。まだ2月に入ったばかりだというのに女優賞も決まってしまったような気がします。
今月発表の米国アカデミー賞では、キャロルを演じたケイト・ブランシェット(Cate Blanchett)が主演女優賞に、テレーズを演じたルーニー・マーラ(Rooney Mara)が助演女優賞にノミネートされていますが、実際は、ルーニー・マーラの演技をケイト・ブランシェットが支えていく映画です。
「ドラゴン・タトゥーの女」で渾身の演技をみせて以降、「her」も「トラッシュ!」も地味な役回りだったルーニー・マーラが、満を持して力を出し切った作品といえるでしょう。そういう意味では彼女を最優秀女優賞(Prix d’interprétation féminine)に選んだカンヌ映画祭は正しいと思います。
もちろん、ケイト・ブランシェットのうまさは折り紙付き。最近ではアカデミー賞を獲った「ブルージャスミン」で凄まじい演技を見せていましたが、本作でも、自信に満ちた態度の裏に微かな不安を滲ませながら、色香漂う大人の女性を凛々しく演じています。ちなみに、彼女がヘレナ・ローナー(Helena Rohner)のリングを着けて雑誌に登場したことはこのブログでご紹介しました。
映画「キャロル」の舞台は1950年代のニューヨーク。高級百貨店フランケンバーグの玩具売場で売り子をしていたテレーズの前に、娘へのクリスマスプレゼントを選びにきたキャロルが現れます。美しいだけでなく、気品を湛えた振る舞いにテレーズは瞬時に魅了されてしまいます。
キャロルが置き忘れた手袋を自宅に郵送したことがきっかけになり、テレーズはキャロルから昼食に誘われます。注文する料理さえ決められず、おどおどしているテレーズの前で優雅に微笑むキャロル。テレーズはキャロルの魅力にますますのめり込んでいってしまいます。
キャロルは離婚に向けた協議中で、夫と娘の親権で争っています。その離婚の原因というのがキャロルと親友アビーの関係。キャロルは、少女時代から知り合いだったアビーと、一時期、同性愛の関係にあったのです。
既に関係は終わっているとはいえ、いまだに親しく付き合っている二人を夫のハージは良く思っていません。そこに若い女友だちのテレーズが登場したのですから、ハージは最初から関係を疑っていて、娘の親権も面会権も与えないと強硬な態度を取り始めます。
自分を慕ってくるテレーズに惹かれながら、娘との面会権も失いたくない。キャロルの心も揺れ動きますが、あることをきっかけに旅に出ることになり、結局、テレーズを誘って二人で旅立ってしまいます。もちろん、この時代の女性同士の恋愛はタブー。互いに惹かれあっているものの、容易に展開するものではありません。そんな純愛めいた関係を昔風のしっとりした映像で描いていく作品です。
テレーズを演じるルーニー・マーラの無垢な美しさと、キャロルを演じるケイト・ブランシェットのゴージャスな美しさのコントラストがたまりません。劇中、キャロルがテレーズに“My angel, flung out of space”(天から落ちてきた天使)と囁くシーンがあります。キャロルのみならず、観客も皆ルーニー・マーラの透明感ある美しさに引き込まれてしまうわけですが、これもケイト・ブランシェットが醸し出す雰囲気に支えられ、映える場面だと思います。
監督は「ベルベット・ゴールドマイン」のトッド・ヘインズ(Todd Haynes)。映像の素晴らしさ、衣装の作り込みもさることながら、選曲の良さもさすがです。
たとえば予告編でも使われているジョー・スタッフォード(Jo Stafford)の“No Other Love”。ポール・トーマス・アンダーソン監督「ザ・マスター」でも使われていた名曲ですが、パーティの賑わいの中でこの曲をバックに変化していくテレーズは非常に感動的です。また、テレーズがピアノで奏でるビリー・ホリデー(Billie Holiday)の“Easy Living”。演奏シーンがとってもキュートなだけでなく、この曲をキーにして二人の関係が深まっていくあたりもうまい仕掛けだと思います。
小道具でいえば、写真家志望のテレーズが使っているカメラ。最初はアーガスC3(Argus)という普及品を友人に修理してもらって使っていますが、中盤でキャロルからキヤノンのレンジファインダーのカメラをプレゼントされます。一瞬、ライカかな?と思いますが、あえてキヤノン(このサイトのVI T型かVI L型あたり)をもってくるあたりにこだわりを感じますね。
書き忘れましたが、映画の原作は「太陽がいっぱい」や最近作「ギリシャに消えた嘘」で有名なパトリシア・ハイスミスが別名義で発表した小説"The Price of Salt"です。彼女がブルーミングデールズ(Bloomingdale’s)で店員をしていたときに出会ったキャサリン・シェン(Kathleen Senn)という裕福な女性をモデルにした実話ベースのお話だそう。
なお小説の結末は、映画の結末に1シーン加わるそうで、映画でもキャリー・ブラウンスタイン(Carrie Brownstein)を配してそのシーンを撮ったものの、最終的にカットされたとのこと。終盤のパーティシーンでテレーズともう一人、疎外感を漂わせている女性がキャリー・ブラウンスタインですので、興味のある方は意識してご覧になってみてください。
個人的には、本作のエンディングは歴史に残る名演技だと思いましたが、違う結末でルーニー・マーラがどういう表情を見せたのか、ちょっと興味があります。きっとDVDやBDの発売時には特典映像として収録されるのでしょうね。
[仕入れ担当]