去年のカンヌ国際映画祭のコンペティション部門に出品されて話題になったドゥニ・ヴィルヌーヴ(Denis Villeneuve)監督の最新作です。テーマはメキシコの麻薬戦争。米国テキサス州のエルパソと、メキシコのチワワ州シウダー・フアレス(Ciudad Juárez)を舞台に、麻薬密輸組織との闘いを描いていきます。
原題のSicarioはスペイン語で暗殺者の意味ですが、メキシコの麻薬カルテルが雇っている殺し屋たちを一般にSicariosといいますので、暗殺に限らず、人殺しをする人たちをそう呼ぶようです。ちょっとネタバレになってしまいますが、ベニチオ・デル・トロ(Benicio Del Toro)演じる元検察官アレハンドロが麻薬王への復讐心に燃えるSicarioとして実質的な主人公となる作品です。
ドゥニ・ヴィルヌーヴは「灼熱の魂」「複製された男」など家族との関係性下敷きにして物語を紡いでいく監督ですが、本作でもやはり家族が大切な要素になっていて、アレハンドロの復讐もそうですし、対峙する麻薬王ファウスト・アラルコンも、フアレス在勤の腐敗した警察官であるシルビオも、家族を絡めて描かれます。
物語はアリゾナ州チャンドラーの一軒家をSWATが急襲するシーンでスタート。そこはメキシコの麻薬カルテルの幹部マニュエル・ディアスの家で、捜査の目的は誘拐事件の人質救出でしたが、壁の中から無数の腐乱死体が出てきた上に、物置小屋に仕掛けられた爆薬で警官が殉職してしまいます。
その作戦を指揮していたFBIの女性捜査官ケイト・メイサーが幹部に呼び出され、マニュエル・ディアスの捜査のため、国防総省のマット・グレイヴァーのチームに加わることになります。
早速、アリゾナ州内の空軍基地に赴いたケイト。マットに促されてテキサス州に向かう小型ジェットに搭乗すると、アレハンドロというコロンビア人が同行することを知らされます。麻薬捜査の顧問として雇われている、無口で得体の知れない男です。エルパソに着くと、アフガン帰還兵など強面の男たちと合流し、彼らを乗せた車列は国境を越えてメキシコのフアレスへ。
マニュエルの弟ギレルモがメキシコで逮捕され、それを米国内に連行する仕事です。重装備の警官隊に守られ、メキシコの地元警察からギレルモを引き取ったあたりまでは順調でしたが、米国に入国する直前に彼らの車列が渋滞に巻き込まれてしまいます。周囲の車には銃器を持った男たち。危険を察知したチームは、大勢の一般人の目の前にもかかわらず、不審者たちを一気に射殺します。
エルパソに戻ると、ケイトはマットにやり方の違法性を訴えますが、「現実から学べ」と一蹴されます。一方、アレハンドロはギレルモを拷問し、国境フェンスの下に掘られた秘密トンネルの存在を聞き出しています。
そこでマットたちが立てた作戦は、麻薬カルテルを混乱させ、麻薬王アラルコンがマニュエルをメキシコに呼び戻すタイミングを狙って追跡し、アラルコンの居所を突き止めること。そしてカルテルをを混乱させるため、資金洗浄をしていた手下を捉えます。
ケイトは、銀行口座を押さえればマニュエルを立件できると主張しますが、マットたちはあくまでもターゲットはアラルコンだと黙殺。いきり立って単独で銀行の伝票を押収したケイトが、監視カメラでカルテルに顔が知られてトラブルに巻き込まれたりしますが、結局はマットたちと共に秘密トンネルの掃討作戦に進んでいくことになります。
そのケイトを演じたのが、「砂漠でサーモン・フィッシング」などに出ていたエミリー・ブラント(Emily Blunt)。正義感に燃える優秀な捜査官なのですが、善悪のボーダーラインを目の当たりにして、その生真面目さ故に苦悩する女性を熱演しています。
チームのリーダー、国防総省のマットを演じたのがジョシュ・ブローリン(Josh Brolin)。このところ「とらわれて夏」「インヒアレント・ヴァイス」「エベレスト 3D」と頻繁に目にするようになった旬の人ですね。今回も、誠実そうでいながら裏がありそうな中年男性をそれらしく演じています。
そして、アレハンドロを演じたベニチオ・デル・トロ。近作「エスコバル 楽園の掟」では、本作の中でも言及されるメデジン・カルテルの首領パブロ・エスコバルを演じただけあって、さすがに凄みがあります。彼の存在感がエミリー・ブラントを光らせているといっていいでしょう。
また、迫力あるスペイン語のセリフがいい感じです。無口な彼が発するひと言ひと言も恐いのですが、最後の決めぜりふ“Ahora vas a conocer a Dios”(神様に会いにいく時間だ)など、彼だからこそ似合うセリフだと思います。
冒頭に記したように、アレハンドロの復讐心の源泉はコロンビアの検察官だった時代に家族が殺されたこと。ときおり脈絡なく登場していたフアレスの警官シルビオと終盤で出会うことになるのですが、そのシルビオがカルテルに関わっている理由も、結局のところ、組織に刃向かえば家族の命が脅かされるから。
橋桁から遺体が吊されたフアレスの町を見れば、また映画「MISS BALA/銃弾」や「エリ」で描かれた状況を知れば、この地域で暮らす人々の価値観は想像に難くありません。家族を守るためには、どんな手段も厭わないでしょう。
それとは対照的に、家族とは無関係に仕事しているケイトやマットといった米国人たち。その対比もこの監督らしさの現れなのかも知れません。
[仕入れ担当]