デンマーク出身のロネ・シェルフィグ(Lone Scherfig)監督。このブログでは英国を舞台にした「17歳の肖像」「人生はシネマティック!」をご紹介していますが、今回はマンハッタンの街角にある古めかしいロシア料理店を軸に交差するマルチレイシャルな物語です。
さまざまなエピソードを抱えた無関係な人々が次第に繋がっていく一種の群像劇ですが、物語を動かしていくのはNY州バッファローから家出してきた主婦のクララと二人の息子、アンソニーとジュード。映画の幕開けはこの3人がこっそりベッドを抜け出し、車で街に向かうシーンで、息子たちには都会に小旅行に出るようなことを言っていますが、実は夫リチャードからの逃避行です。

そこに至る背景は物語の中で小出しに明らかになっていきます。原因はリチャードのDVなのですが、単に暴力を振るうだけでなく、長男アンソニーに次男ジュードを殴らせるなど、誠実そうな風貌とは裏腹な、ある種のサイコなのです。彼の職業を警察官に設定したのは、妻たちの追跡を容易にして物語を緊迫させる仕掛けであると同時に、昨今の警察官の暴力に対するあてこすりも含んでいそうです。

彼らとはまったく関係ない場所で解雇されるジェフも重要な登場人物です。クビを告げられた瞬間、ぶち切れて窓の外にイスを放り投げるのですが、それをアンソニーとジュードが拾うという淡い接点が描かれますが、この時点ではまだ彼らの物語は交差しません。
生来の要領の悪さが災いして何をやってもうまくいかないジェフは、ホームレスの行列に並んだことをきっかけに、看護士のアリスが主宰しているスープキッチン(炊き出し)の手伝いをすることになります。

普段は救急病棟で働いているアリスは、教会で「赦しの会」という自助グループの運営も手がけていて、その参加者の一人が弁護士のジョン。ある日、彼が連れてきたマークは刑務所から出所したばかりの青年で、その後、弟のドラッグ事件に巻き込まれて服役し、ジョンのおかげで刑期が短縮されたことがわかってきます。
そのマークが、出所祝いにジョンを招待したのがウィンター ・パレスというロシア料理店。ティモフェイという初老の男性が経営者なのですが、どうもマネージメントの才がないようで、内装が古いだけでなく、料理もサービスも今ひとつという問題だらけの店です

会計をしようにも誰も対応してくれないので奥に文句を言いにいったところ、ティモフェイたちが経営会議をしており、なりゆきでマークは雇われマネージャーとして働くことになります。
そして、クララはその店で行われていたパーティに忍び込んで食べ物をくすねようとし、アリスはその店の数少ない常連の一人といった具合に、ウィンター ・パレスを核としてそれぞれの人生が重なっていきます。

つまり、夫のDV問題を抱えたクララ、失業の問題を抱えたジェフ、経営課題を抱えたティモフェイ、犯罪歴を抱えたマークと、問題がないように見えて敗訴に対する心の呵責や自己否定感を抱えたジョンやアリスが少しずつ繋がっていくわけです。最後には、原題に掲げられている通り、互いが“他人の親切”で救われるハートウォーミングな着地点が用意されていますが、そこに至る過程で描かれるNYの現実と、登場人物たちの個性が見どころの映画と言えるでしょう。

主役的な位置づけの逃げ出してきた主婦クララを演じたのは「ビッグ・シック」のゾーイ・カザン(Zoe Kazan)。強い意志を持って家を出たはずなのに、やることがチグハグで、それでいて子どもたちへの愛情だけは人一倍という世間知らずの専業主婦を好演していますが、それにも増して、今ひとつ頼りない母親を信頼してついていく子役二人、ジャック・フルトン(Jack Fulton)とフィンレイ・ヴォイタク・ヒソン(Finlay Wojtak-Hissong)の表情に心打たれます。

人の輪の中心となるアリスを演じたのは「バトル・オブ・ザ・セクシーズ」でマリリン役だったアンドレア・ライズボロー(Andrea Riseborough)。救命の仕事に打ち込み、ボランティアで人助けをすることで、恋人に裏切られたことによる喪失感を埋めながらも、どこか満たされないという人物像がリアルで共感を抱く人も多いでしょう。彼女が救うジェフを演じたのは「ゲット・アウト」「フロリダ・プロジェクト」「スリー・ビルボード」「デッド・ドント・ダイ」と存在感を増してきたケイレブ・ランドリー・ジョーンズ(Caleb Landry Jones)。

そしてもう一人の軸となるマークを演じた「預言者」「ある過去の行方」「消えた声が、その名を呼ぶ」「サンバ」のタハール・ラヒム(Tahar Rahim)、弁護士のジョンを演じた「コズモポリス」のジェイ・バルチェル(Jay Baruchel)も良かったと思います。

とはいえ、「人生はシネマティック!」に続いて出演したビル・ナイ(Bill Nighy)演じるティモフェイが、地味な役ながらいちばん効いていたと思います。NY育ちなのに店の雰囲気作りのためロシア語訛りの英語を喋っているという設定や、あの飄々とした雰囲気で“うちはスターバックスと違って高級店だから遅い時間にしか客は来ない”と言ってクララを匿ったりする演技には笑いました。

公式サイト
ニューヨーク 親切なロシア料理店
[仕入れ担当]