話題作ですね。緻密に組み立てられた脚本と個性的な俳優陣の演技が絶妙に絡み合い、ぐんぐん引き込まれていってしまう映画です。監督は劇作家として高い評価を得ているマーティン・マクドナー(Martin McDonagh)。さすが、去年のヴェネツィア映画祭で脚本賞に輝いただけのことはあります。
舞台はミズーリ州の架空の町エビング(ロケ地はノースカロライナ州シルバ)。ジェニファー・ローレンス主演「ウィンターズ・ボーン」のブログでも個人的な思い出を記しましたが、“貧困にあえぐ米国中西部”そのものといった印象の州です。その片田舎の小さな町で暮らす中年のシングルマザー、ミルドレッドと、地元警察の署長ウィロビー、警察官ディクソンを軸に展開する物語です。
物語の発端は7ヶ月前、ミルドレッドの娘がレイプされて殺されたこと。いつまで経っても犯人が捕まらないことに業を煮やしたミルドレッドが、町外れの自宅に通じる道路沿いのビルボードに広告を出します。その広告は3枚組で、文面は順に“Raped while dying” “And still no arrests?” “How come, Chief Willoughby?” 意味は、レイプされて殺された、まだ捕まらないの?、ウィロビー署長、どうして?、といったところでしょうか。
こう書くと、娘を殺された可哀想な母親が、悪い警察と闘う話だと思うかも知れません。しかしウィロビーは署内での人望も厚く、町内でも敬愛されている好人物。その上、まだ幼い娘が2人いるというのに、末期の膵臓癌という不憫な身の上です。
当然、ミルドレッドの行為を非難する人も大勢でてきます。たとえば町の歯科医。警察に苦情を言いに行き、診療を受けにきたミルドレッドの歯を麻酔なしで抜こうとします。それを返り討ちにしてしまうのがミルドレッドの強さであり、無茶苦茶さでもあるのですが・・・。
ミルドレッドは特に善良な人間というわけではありません。粗野で口も悪く、激情しやすいタイプ。娘が殺された日も、車を貸して欲しいといってきた彼女を罵って、徒歩で出掛けさせてしまいました。その後悔が彼女を攻撃的にしているのです。
そして警官ディクソン。ミルドレッドが彼への挨拶代わりにかける言葉が“So how’s it all going in the nigger- torturing business?(黒人いじめの仕事は順調?)”、それに対する返事が“教えてやるけど、近ごろは’Persons of color’いじめっていうんだ”といった具合。人種差別の意識を隠そうともしません。そういう部下を抱えるウィロビー署長も、黒人嫌いの警官を辞めさせたら3人しか残らない、その3人もゲイ嫌いだしな、という感じで、田舎町で生き抜くための処世術に長けた人物です。
ディクソンはウィロビーのことを尊敬していて、ビルボードの一件を知った時点から、ミルドレッドへの反感丸出しですし、それを請け負った広告業者のレッドも気に入りません。ディクソンとレッドの関係は意外に重要で、前半はミルドレッド、ウィロビー、ディクソンの3人が中心ですが、後半ではウィロビーの代わりにレッドが目立ってきます。
そこにミルドレッドの家族、息子のロビーや、離婚したDV夫チャーリーと彼の19歳の交際相手がほどよい距離感で絡み、友人の小人やディクソンの母親などクセのあるキャラクターが物語を盛り上げます。
出てくるのはロクでもない人たちばかりですが、その誰もが自分なりの正義感を大切にしているところがポイント。しかし、小さな社会で暮らしてきたが故に視野が狭すぎます。勝手な思い込みに支えられた偏狭な正義心が、誰かを攻撃したり自らを犠牲にする原動力になってしまう田舎町らしいメンタリティを下地に、ちょっとブラックな笑いを交えた寓話的な物語が展開していきます。
エンディングはある種の和解のようになりますが、心を入れ替えた訳でも考えを変えた訳でもないでしょう。というのは、広告業者レッドが読んでいる本がフラナリー・オコナーの短編集「善人はなかなかいない(A Good Man Is Hard)」だそうで、伏線になっているということで翻訳を読んでみたのですが、結局のところ悪人は悪人のまま、ダメなヤツはやっぱりダメという話ばかり。もしそのノリでいくなら、たまたまカタルシス(≒正義の発露)の対象が一致しただけで、それぞれは何も変わっていないという方がしっくりきます。中途半端な納得や共感が物事をさらに悪化させるというのがフラナリー・オコナー流だと思います。
その頑なな意志をたたえたミルドレッドを演じたのはフランシス・マクドーマンド(Frances McDormand)。夫であるジョエル・コーエンが撮った「ファーゴ」をはじめ、「あの頃ペニー・レインと」などで高い評価を得ているベテラン女優ですね。このブログでも「きっと ここが帰る場所」「ムーンライズ・キングダム」「プロミスト・ランド」「ヘイル、シーザー!」をご紹介しています。
ウィロビー署長を演じたのは「ハンガー・ゲーム」でヘイミッチ役だったウディ・ハレルソン(Woody Harrelson)で、警官ディクソンを演じたサム・ロックウェル(Sam Rockwell)と、この監督の前作「セブン・サイコパス」で共演しています。
また、広告業者レッド役は「ゲット・アウト」でローズの弟を演じていたケイレブ・ランドリー・ジョーンズ(Caleb Landry Jones)、息子ロビー役は「マンチェスター・バイ・ザ・シー」で青年パトリックを演じていたルーカス・ヘッジズ(Lucas Hedges)で「レディ・バード」でも重要な役を演じている注目株。
殺された娘アンジェラ役は「パラノーマル・アクティビティ4」主演で注目を集めたというキャスリン・ニュートン(Kathryn Newton)、元夫チャーリ役は「ウィンターズ・ボーン」でティアドロップを演じていたジョン・ホークス(John Hawkes)で、この2人も田舎っぽくていい感じです。
公式サイト
スリー・ビルボード(Three Billboards Outside Ebbing, Missouri)
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