映画「きっと ここが帰る場所(This Must Be the Place)」

Mustbetheplace0 2011年のカンヌ国際映画祭で上映され話題を集めたショーン・ペン(Sean Penn)主演の最新作。ちょっと不思議な感覚のロードムービーです。

予備知識なく観たので、アメリカが舞台の映画だと思い込んでいて、序盤、ジェイミー・オリヴァー(Jamie Oliver)の料理番組が出てきたあたりでちょっと混乱してしまったのですが、ショーン・ペン演じる元ロックスターはアイルランドで暮らしているという設定で、冒頭のシーンの舞台はダブリンです。

ですからテスコの株式で資産運用しているのも(ユーロ建なのも)、知人の家からサッカー場(Aviva Stadium)が見えるのもまったく不思議なことではないのですが、全編を通してあまり説明のない映画ですので、もしかすると、その他いろいろ気づかずに観てしまったかも知れません。

映画の内容を一言で言えば、自分たちの陰鬱な楽曲のせいでファンが自殺したことを契機にステージを降り、ダブリンの大邸宅に引きこもって暮らしている元ロックスターが、父親の危篤で久しぶりにニューヨークに帰り、父の果たせなかった思いを抱えてアメリカ縦断の旅に出るというお話。

といっても、いろいろ矛盾もありますし、脈絡なく展開していく傍系のエピソードもありますので、ストーリーそのものはあまり重要ではないと思います。物語よりも個々のディテールを楽しむ映画でしょう。

たとえば冒頭のシーン。元ロックスターのシェイエンが、ロック少女のメアリーとショッピングモールのコーヒーショップに入るのですが、モール内で演奏している The Pieces Of Shit というバンドや、メアリーに思いを寄せる青年が、思わせぶりに登場する割に、その後のストーリーにほとんど関係しません。おそらくシェイエンの音楽的傾向やライフスタイルを説明しているだけ。

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それよりも、メアリー役のイヴ・ヒューソン(Eve Hewson)が、U2のボノの娘ということの方が重要かも知れません。

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また、シェイエンが父親の最期に間に合わず、亡くなった父親の腕を取るシーンで、一瞬、数字の入れ墨が映ります。これは Nazi concentration camp tattoo で、ナチの強制収容所に入れられていたことを意味するもの。一家のルーツを明らかにし、父親とシェイエンの関係を朧げながら滲ませるシーンだと思うのですが、ちょっと日本人にはわからないですよね。という私自身も、一昨年「ハロルドとモード」を観るまで知らなかったのですが……。

そんな感じで、細かい背景や旅の動機が具体的に語られないまま、シェイエンの旅が始まり、中西部の美しい風景の中、小さなエピソードとセンスの良い会話が積み上げられていきます。

この映画の見どころは、もちろんショーン・ペンの演技。しかし脇を固める女優陣、妻のジェーン役のフランシス・マクドーマン(Frances McDormand)や、メアリーの母親役のオルウェン・フエレ(Olwen Fouéré)の雰囲気ある演技も良い感じです。

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フランシス・マクドーマンは「あの頃ペニー・レインと(Almost Famous)」で音楽ライターの個性的な母親を演じていましたが、今回は大金持ちの元ロックスターの妻でありながら、消防士という不思議な役どころで、元ロックスターの精神的支柱となっています。

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映画のタイトル This Must Be the Place は、トーキング・ヘッズ (Talking Heads) の1983年のアルバム、スピーキング・イン・タンズ(Speaking In Tongues)収録の曲のタイトルからとったもの。ダボダボのスーツを着たデヴィッド・バーン(David Byrne)のクニャクニャ踊りで有名な Stop Making Sense にも入っていますよね。この曲が映画の中で印象的に使われます。

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デヴィッド・バーンは、映画の中のコンサートシーンに登場して This Must Be the Place を演奏する他、映画のさまざまな部分で協力しているようです。

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たとえばシェイエンが車の中で聴いている The Pieces Of Shit のデモ版CD。これがレイドバックしていて、なかなか良い感じなんですが、これもこの映画のためにデビッド・バーンが作曲してプロデュースしたものだそう。シェイエンのメイクアップは、ザ・キュアー(The Cure)のロバート・スミス(Robert Smith)をイメージしたものだそうですし、昔ながらのロックファンにはいろいろと楽しめる要素があると思います。

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監督のパオロ・ソレンティーノ(Paolo Sorrentino)は初めて聞く名前ですが、撮影は「トスカーナの贋作(Copie conforme)」のルカ・ビガッツィ(Luca Bigazzi)とのこと。この映画でも「トスカーナの贋作」同様、ドライブ中の美しい映像が続き、どのシーンも切り取って写真集にしたくなるぐらいの素晴らしさです。

ショーン・ペンの名演技と、デビッド・バーンの音楽、そしてルカ・ビガッツィの映像だけでも観る価値があると思いますが、つかみ所のないストーリー(もしかしてStop Making Senseという主張?)もヨーロッパ映画らしい雰囲気で、個人的には好きな感じでした。

公式サイト
きっと ここが帰る場所

[仕入れ担当]