映画「ハロルドとモード(Harold and Maude)」

Maude1 ロバート・アルトマン(Robert Altman)というと、「プレタポルテ」(Prêt-à-Porter) や「ショート・カッツ」(Short Cuts)といったスタイリッシュな作品が好きで、割とよく観ている監督です。

彼がカンヌでグランプリを受賞した「M*A*S*H」の直後に撮った「バード★シット」(BREWSTER McCLOUD)と、同時代の監督ハル・アシュビー(Hal Ashby)が撮った「ハロルドとモード/少年は虹を渡る」(Harold and Maude)の2本が、ZIGGY FILMS ’70sという企画で上映されており、ずっと気になっていたのですが、たまたま時間がとれたので「ハロルドとモード」の方を観てきました。

さすがにカルト的な人気を誇る映画というだけあって、狭い新宿武蔵野館で1日1上映では平日の夜でも満席。ハル・アシュビー監督の作品は初めて観ましたが、いかにも映画好きといった客層で、上映前から期待が高まります。

映画はバッド・コート(Bud Cort)演じるハロルドと、ルース・ゴードン(Ruth Gordon)演じるモード、ヴィヴィアン・ピクルス(Vivian Pickles)演じるハロルドの母親の3人を軸に展開します。ちなみに、バッド・コートは「バード★シット」でも主役を演じています。

ハロルドは悪戯でボーディングスクールの化学室を爆破してしまい、それ以来、自殺のまねごとをしながら家でブラブラしている、今でいうニート。虚無的なベビーブーマを代表するような青年です。裕福な母親は彼を自立させようと、軍人のチャールズ叔父さんに会わせたり、コンピューターお見合いに登録して結婚相手を探したりしますが、改善の兆しはありません。
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ハロルドの悪戯以外の趣味が葬儀に参列すること。母親から贈られたジャガーを霊柩車に改造して、葬儀場に出掛けているうちに、同じ趣味をもつ変わり者の老婆、モードに出会います。排気ガスで死にかけている街路樹を盗難車で森に植え替えに行ったり、それを見咎めた警官のバイクを盗んで逃げたりと、独自の価値観を貫くモード。80歳を目前にしたモードの天衣無縫な生き方に、ハロルドは次第に惹かれていきます。
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軍人としての人生論を説いているうちに、ドイツをやっつておけば良かったと熱く語りだすチャールズ叔父さんに対し、同意するふりをして殺戮の素晴らしさを語り、毛髪のついた頭皮を振り回すハロルド。そこに黒い服をきて反戦プラカードを持って現れるモード。笑えるシーンが満載で、一種のコメディともいえますが、根底を支えている権力と暴力に対するシニカルな視点が、静かに心に響いてくる映画です。
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また服装をはじめとして、さまざまな背景を明示、暗示するディテイルに凝っていることも魅力です。たとえば、瞬間的に映るモードの腕の数字の入れ墨。私は帰宅してネット検索するまで知りませんでしたが、これは Nazi concentration camp tattoo だそう。若い頃を欧州で過ごしたと語るだけのモードですが、ナチスの強制収容所に入っていたわけで、上のシーンなどいろいろと考えさせられるものがあります。

このアメリカ映画が製作されたのはベトナム戦争末期の1971年。翌年には北爆が再開される年です。そして撮影されたのはサンフランシスコで、サンフラワーになりたいと言っているモード。キャット・スティーヴンス(Cat Stevens)の歌が映像に重なって、当時の雰囲気がじわっと伝わってきます。

平和に対する意識が高まる8月に、この時代の映画を観るのも興味深いことかも知れません。

公式サイト
ZIGGY FILMS ’70s

[仕入れ担当]