映画「ビッグ・シック(The Big Sick)」

00 タイトルにあるように病気が軸になる映画ですが、全体としては明るく楽しいラブロマンスです。脚本家のエミリー・V・ゴードン(Emily V. Gordon)とコメディアンのクメイル・ナンジアニ(Kumail Nanjiani)の2人が実体験をベースに執筆したお話ですので、作中で昏睡状態に陥るエミリーも最終的には快復します。自ら主役を務めたクメイルの剽軽なノリが似合うコメディの要素と、カルチャーギャップやジェネレーションギャップを取り込んだ社会性がうまく噛み合い、後味の良さと深みを感じさせてくれる佳作です。

主役であるパキスタン出身のクメイルは、シカゴの小さなステージに立つコメディアン。14歳の時に家族で米国に移住してきました。

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親からは弁護士になるように言われていますが、その気はまったくなく、ロースクール入学に向けて勉強するフリをしているだけ。また家族ともにイスラム教徒ですが、日々の礼拝も祈っているフリをしているだけ。夢を追い続けながらUberの運転手もするという、アメリカ的な価値観を持った今風の若者です。

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当然、恋愛観もアメリカ的で、観客の中からめぼしい女性を見つけると気軽に声をかけ、名前をウルドゥー語で書いてみせる手口でナンパします。そんな中で出会ったのがエミリーという大学院で心理学を学ぶ白人女性。なぜか彼女とは波長が合い、関係が続いていきます。

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ここで問題になるのはパキスタン人の結婚慣習。米国在住とはいえ、いまだ親の紹介の見合い結婚(arranged marriage)が普通なのです。ですから実家に帰ると、家族との食事中、母親の知り合いの娘が“偶然”訪ねてきます。そんな女性たちの写真が箱一杯たまっているのですが、クメイルにはそんな結婚は考えられません。

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とはいえ、白人女性と結婚したいなどと言い出したら、家族だけでなく、一族からも絶縁されてしまいます。エミリーのことを聞いた兄が仰天するくだりは、彼らの微妙な立場が見えて笑えるシーンの一つですが、本人からすれば切実な状況でしょう。

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結局、両親に紹介してくれない理由を知ったエミリーが激怒して、二人は破局してしまいます。しかし、その後、彼女が原因不明の病気で入院し、彼女の友人から聞いたクメイルが病院に駆けつけることになります。そしてその翌日、ノースカロライナ州から飛んできた彼女の両親と病院で鉢合わせ。エミリーから2人の顛末を聞いている両親は、もちろんクメイルのことを受け入れません。けんもほろろです。

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病室から追いやられて終わりかと思いきや、エミリーの両親の夫婦間のギクシャクがクメイルに幸いします。2人ともエミリーを溺愛しているという点では一致しているのですが、父親テリーの行いが元になり、母親ベスは夫に対する不信感を抱き続けているのです。

ここから、クメイルとエミリーの両親との関係、クメイルと彼の家族との関係が並行して描かれていきます。一方は現代アメリカ的なミッドライフ・クライシス、もう一方は伝統や慣習の話なのですが、そのどちらに対してもクメイルが距離感を示しているところが共感を呼ぶポイントでしょう。クメイルの飄々とした、ものごとに屈しないキャラクターが効いています。

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クメイルの両親や兄も適役だと思いましたが、やはりエミールの母親ベスを演じたホリー・ハンター(Holly Hunter)が良かったと思います。ロドリゴ・ガルシア監督「彼女を見ればわかること」「美しい人」でも微妙な夫婦関係を表現していましたが、こういう役どころが似合う女優さんなのかもしれません。

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エミリーを演じたゾーイ・カザン(Zoe Kazan)は「50歳の恋愛白書」で主人公の娘役だった人だそうです。気の強い女性の役がぴったりでした。

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監督は俳優出身のマイケル・ショウォルター(Michael Showalter)、プロデューサーは「はじまりのうた」のジャド・アパトー(Judd Apatow)で、どちらかの好みなのか、ベック“Devil’s Haircut”やボズ・スキャッグス“Lowdown”が良い感じで使われてました。

公式サイト
ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめThe Big Sick

[仕入れ担当]