去年観た「タンジェリン」は2人のトランスジェンダーを軸にL.A.のストリートシーンを捉えた作品でしたが、本作はフロリダのディズニー・ワールドのそばにあるモーテルを舞台に、その日暮らしのシングルマザー母娘を描いていきます。常に生活の不安に苛まれている人たちですが、子どもたちの明るさと、ショーン・ベイカー(Sean Baker)監督らしい美しい映像のおかげで陰鬱さはありません。
映画のスタートは、6歳の女の子ムーニーと男の子スクーティが、外壁が鮮やかにペイントされたモーテル“Magic Castle”に向かって駆けていく場面。タイトルバックで流れるクール・アンド・ザ・ギャング“Celebration”の躍動感そのものの映像です。そして近所のモーテル“Futureland Inn”の2階外廊下に上がり、車を目がけて唾を飛ばす遊びをします。
すぐに車の持ち主であるステイシーに見つかってしまい、叱りつける彼女を尻目に自分たちが暮らす“Magic Castle”に逃げ帰りますが、結局、居所がバレて母親ヘイリーと一緒に車を掃除しに行くことになります。そこで知り合ったのがステイシーの孫娘ジャンシー。母親がだらしなくて、兄弟と一緒に祖母ステイシーが引き取った女の子です。
ヘイリーの仕事は、ディスカント店で仕入れてきた香水の路上販売。ホリデーインなど、ディズニー・ワールド目当ての裕福な観光客が泊まるホテル周辺で、行き交う人たちにブランドものの香水を売りつけます。同じエリアのホテル宿泊者といっても、ヘイリーやムーニーが暮らす“Magic Castle”の宿泊者とは違った階層の人たちなのです。
そういった状況がよくわかるのが、映画の序盤にある、ブラジルからのハネムーン客が間違って“Magic Castle”に来てしまう場面です。英語ができる新郎がフロントと話している横で、ポルトガル語で文句を言い続ける新婦。それを見ていたムーニーが冷ややかに“ I can always tell when adults are about to cry”(私には大人が泣くときがわかるの)とスクーティに囁き、ここがどういう客層のモーテルか観客に一瞬で伝えます。
スクーティの母親アシュレイも“Magic Castle”の長期滞在者です。彼女はヘイリーと違ってダイナーのウェイトレスの仕事で安定収入がありますが、それにもかかわらずモーテル暮らしをしているところを見ると、他に何か問題を抱えているのかも知れません。アシュレイとヘイリーは一緒に夜遊びに出掛ける仲良しです。
ジャンシーとも仲良くなったムーニーとスクーティ。3人で廃墟のモーテルに遊びに行き、暖炉でマクラに火を付けて遊んでいるうちに火事を出してしまいます。ムーニーとジャンシーは誰にも喋りませんでしたが、アシュレイはスクーティの様子がおかしいと思って問い詰め、火事の真相に気付きます。そしてムーニーたちと会ってはいけないと言い渡すのですが、そのとき彼女が口にするのはCPS(児童保護サービス)のこと。トラブルがあれば息子を取りあげられてしまう、そのリスクを避けるためにヘイリーとは縁を切るという、息子第一の母親なのです。
ある日、例によってどこかのホテルの敷地内で香水を売っていたヘイリーが、そこの警備員とモメゴトを起こして商品を失ってしまいます。収入源がなくなりモーテル代を払えなくなったヘイリーは背に腹を変えられずネットで体を売るのですが、結局、これが事態を大きく変えていくことになります。エンディングで流れるオーケストラバージョンの“Celebration”と、その背景となるディズニー・ワールドの夢の世界が切なさを増幅させます。
本作の最大の見どころはショーン・ベイカーが創り出す独特の世界観ですが、ムーニーを演じたブルックリン・プリンス(Brooklynn Prince)とジャンシーを演じたバレリア・コット(Valeria Cotto)の瑞々しさがよく効いています。前作「タンジェリン」と同様に、キャスティングの妙が大きく貢献するタイプの作品です。
そういう意味では、地味な役どころであるモーテル管理人ボビーに、本作で唯一の有名俳優ウィレム・デフォー(Willem Dafoe)を配したところも上手いと思います。管理人という立場から見ればヘイリー母娘は困った客ですが、それにもかかわらず彼女たち弱者に温かく接するボビーの存在がこの映画の大きな救いになっています。
ムーニーの母親ヘイリーを演じたのはリトアニア出身のブリア・ビネイト(Bria Vinaite)。マリファナモチーフのビキニなどをデザインして売っていた人だそうで、監督が彼女のInstagram(こちら)を見つけ、出演が決まったそうです。スクーティの母親アシュレイを演じたメラ・マーダー(Mela Murder)も負けず劣らず個性的な人ですので、彼女のInstagram(こちら)も併せてご覧になってみてください。
公式サイト
フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法(The Florida Project)
[仕入れ担当]