2015年の東京国際映画祭で上映されて評判を集めた作品です。監督・脚本を務めたショーン・ベイカー(Sean Baker)は本作が長編映画5作目、日本公開作としては3作目だそうですが、私は初めて知りました。アンダーグラウンドの世界やマイノリティなどあまり日の当たらない人たちをテーマにしている監督のようです。
主人公は2人のトランスジェンダー(元は男性)と、彼女らを取り巻くL.A.のストリートで生きる人たち。いずれも世の中の主流とはいえないような人々ですが、そんな彼ら彼女らの日常を鋭く切り取っていく作品です。
内容とは裏腹に、オープニングタイトルは往年のハリウッド映画を思わせるロマンチックな雰囲気。不思議な感じもしますが、この映画、登場人物のライフスタイルがちょっと過激なだけで、本質的にはガーリーなロマンティックコメディです。
1ヶ月服役して出てきたばかりのシンディーと、その友だちのアレクサンドラが、陽光が差し込むドーナツショップでテーブルを挟んで座っています。テーブルに置かれているのはアイシングがかかったドーナツ1個。そしてシンディがひと言。Merry Christmas Eve, Bitch!
そう、この映画はクリスマスイブの1日を描いた作品なのです。カリフォルニアの青空と、彼女たちの街娼らしい服装のおかげで12月とは思えませんが、3ドルしか持ち合わせのないシンディが、仲良しのアレクサンドラとクリスマスイブを祝おうとしているシーンから始まります。
しかしアレクサンドラのひと言で状況は一変。シンディーは服役前にポン引きのチェスターと交際していたのですが、彼が他の女と浮気したと、アレクサンドラが口を滑らせてしまうのです。トランスジェンダー(身体は男性)と交際していた男が、よりによって女と浮気するなんて、と憤るシンディ。
すぐさまドーナツショップを出ると、その浮気相手を見つけて懲らしめてやろうと街中の人たちに訊ねてまわります。一方、アレクサンドラは歌手志望で、今晩、カフェでライブを行うことになっていて、そのチラシを街で配り歩きます。彼女たちが街で出会う知り合いたちの暮らしぶりが生々しくて、あたかもドキュメンタリー映画のようです。
本作はハンディカムではなく、アナモレンズを装着したiPhone5Sを3台使って撮影したそうですが、その小ささと機動性のおかげか、ストリートの雰囲気がとてもリアル。土地勘があればかなり入り込めるのではないでしょうか。
ちなみに映画に登場する、なぜか経営者の華人女性がママサンと呼ばれている妙なドーナツショップは、ハリウッドに実在したDonut Timeという店で(2016年に閉店したもよう)、実際にトランスジェンダーが集まる店だったようです。
物語は彼女たち2人のドタバタ中心に展開しますが、サイドストーリー的に絡んでくるアルメニア系のタクシー運転手、ラズミックも良い感じに効いています。彼は結婚していて妻子がいるのですが、実はゲイで、どうやら彼女たちの常連客のようです。面白いのは、街で拾った新顔の娼婦がホンモノの女性だと気付いて追い出すところ。トランスジェンダー以外がこの街で商売するなと叱りつけます。ここでは、世の中でマイノリティとされている人たちこそマジョリティなのです。
2年前に作られた作品ですが、米国の現政権と対極にある価値観に基づいているところも本作の魅力の一つでしょう。Fワード炸裂で決して上品な作品ではありませんが、リラックスして楽しめる1本だと思います。
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