地味な割にとても評判の良い映画です。監督は「17歳の肖像」のロネ・シェルフィグ(Lone Scherfig)。このデンマーク出身の女性監督、それほど有名でなかった時代に撮った「17歳の肖像」も不思議と豪華なキャスティングでしたが、本作も通好みの配役で楽しませてくれます。
物語の舞台は1940年の英国。徴兵されたコピーライターの代わりに脚本を書いた女性が、軍が手がける戦意発揚のためのプロパガンダ映画の脚本家として採用され、わがままな俳優や軍部の横やりに悩まされながら感動的な映画を創り上げていくお話です。
その映画のテーマというのが、ダイナモ作戦に参加した双子の姉妹の活躍。映画「ダンケルク」でマーク・ライランス演じる船長がプレジャーボートで兵士救出に向かいましたが、同じようにダンケルクに向かった民間船860隻の中に双子の姉妹が操舵する漁船があったという新聞記事を映画化する企画で、女性の視点が欲しいと目を付けられたのがカトリン。秘書の仕事に応募するつもりが、脚本チームに席を得て、執筆に参加することになります。
彼女の夫はスペイン戦争に従軍して足を負傷し、現在は空襲監視員をしながら、画家になる夢を追い続けているエリス。戦況の悪化で収入が減り、カトリンをウェールズへ還そうとしていたところでしたが、彼女が脚本執筆の仕事を得たことでロンドンでの同居生活を続けることになります。
二人の暮らしを守るため懸命に働くカトリンですが、初っ端からつまずいてしまいます。新聞記事で英雄的に取りあげられていたスターリング姉妹、双子のリリーとローズに取材したところ、実は船のトラブルでダンケルクに到達できず、途中で引き返してきたと言うのです。
それでは映画になりませんので真実を隠して脚本化に取り組むのですが、密告で情報省に知られて糾弾され、脚本チームのトムに助けられて危機を乗り越えます。
また、往年の人気俳優アンブローズも厄介です。かつて刑事ドラマで一世を風靡したとはいえ、今回の配役はスターリング姉妹の叔父である酔っぱらいの老人。
もともと厭戦気分が強い上に、長年エージェントとして彼を支えてきたサミーを空襲で失い、やる気も起きません。それでもサミーの姉ソフィーに尻を叩かれて出演することになるのですが、脚本に口を出すなどカトリンにとって目の上のたんこぶのような存在です。
陸軍長官の意向でダンケルクにいる筈のない米国人をキャスティングすることになったり、エリスとの間に問題が生じたり、さまざまな困難にぶつかりながら脚本家として自立していくカトリン。観客は、次第にプロパガンダ映画に対するネガティブな印象が薄れていき、映画の完成に向けて頑張る彼女を応援したくなっていきます。
この映画を観ていて気になるのが、細部まで作り込まれた作品の割に、あまりにあっけなく人が死ぬところ。上に記したサミーもそうですが、何の前触れもなく、ストーリー上のひっぱりもなく、とりたてて意味もなく簡単に死んでしまいます。当初は、あっさり描き過ぎではないかと思いましたが、観ているうちに、戦争に対する監督の視点、つまり命が鴻毛より軽いことの異常さを強調しているような気がしてきました。
それから個人的に面白かったのが、防空壕として使われていた地下鉄に逃げ込むシーン。避難者に指示する役目が女性なのですが、これがとっても上からの物言い。日本の地下鉄に慣れていると、ロンドン地下鉄の構内放送が命令調で驚きますが、戦時中からあのノリでやっていたのかと妙なところで納得しました。
主役のカトリンを演じたのは「アリス・クリードの失踪」「アンコール!!」といった佳作で好演してきたジェマ・アタートン(Gemma Arterton)。彼女と脚本チームを組むトムは、この監督の前作で主演を務めたというサム・クラフリン(Sam Claflin)。「ハンガーゲーム」シリーズでフィニックを演じていた人です。
ベテラン俳優アンブローズを演じたのは、「パイレーツ・ロック」「パレードへようこそ」「マリーゴールド・ホテル」などで印象に残る演技をしてきたビル・ナイ(Bill Nighy)で、本作ではスコットランドのフォークソング“Will You Go, Lassie, Go”を歌って芸達者なところをみせています。
また彼と一緒に映画出演する米国人の大根役者カールを演じたのは「女神の見えざる手」で観たばかりのジェイク・レイシー(Jake Lacy)で、今回もまたはまり役でした。
アンブローズのエージェントであるサミーは「おみおくりの作法」のエディ・マーサン(Eddie Marsan)、同じく少ししか登場しない陸軍長官は「リスボンに誘われて」のジェレミー・アイアンズ(Jeremy Irons)が演じています。カトリンの夫エリスを演じたジャック・ヒューストン(Jack Huston)も「リスボンに誘われて」に出ていましたね。
意外に重要な情報省の女性を演じたレイチェル・スターリング(Rachael Stirling)は「砂漠でサーモンフィッシング」でユアン・マクレガーの妻役だった人。
サミーの姉ソフィーをヘレン・マックロリー(Helen McCrory)が演じている他、リチャード・E・グラント(Richard E. Grant)、ヘンリー・グッドマン(Henry Goodman)、ポール・リッター(Paul Ritter)といった実力派が脇を固めます。
映画の原題“Their Finest”は、原作となったリサ・エバンス(Lissa Evans)の小説“Their Finest Hour and a Half”を縮めたもので、最良の1時間半、つまり映画の上映時間を最高のものにしたいというトムのセリフですが、ダイナモ作戦終了後の1940年6月18日にチャーチルが行った演説の締め括り“This was their finest hour”(こちら)に絡めているそうです。
公式サイト
人生はシネマティック!(Their Finest)
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