6月から7月にかけて忙しく過ごされた方も沢山いらっしゃるかと思いますが、そんな時期の束の間のお休みに、余計なことを忘れ、存分に涙腺を緩めることができる作品です。
最初から大まかなストーリーが読めますし、芸術性や斬新さもあまり感じませんが、だからこそ安心して観ていられるタイプのドラマだと思います。
主人公は、英国の地方都市で暮らす老夫婦、アーサーとマリオン。アーサーは偏屈な老人ですが、最愛の妻、マリオンのことは非常に大切にしていて、いつも彼女を合唱団の練習に送り迎えしています。
マリオンは、アーサーと対称的な社交家タイプ。そして、アーサーのことを誰よりも深く理解していて、おかげで2人は仲睦まじく暮らしています。
そんなときマリオンの癌が再発し、余命宣告を受けます。アーサーは残された時間をマリオンと過ごしたいと思いますが、マリオンは合唱団のコンクール出場に向け、さらに練習に打ち込みたいと思っています。
そんなマリオンを励ますのが、このシニア合唱団の指導役である音楽教師のエリザベスと、合唱団の仲間たち。合唱団にマリオンを取られたくないアーサーは彼らに否定的ですが、マリオンの強い希望で、彼女が予選で歌うことを受け入れます。
この夫婦の一人息子ジェイムスは、幼い娘ジェニファーと暮らすシングルファーザー。家族内に諍いあるわけではありませんが、アーサーとジェイムスは昔からしっくりいかない関係です。アーサーの狷介さがジェイムスの自尊心を傷つけてしまうのですが、それでも孫娘のジェニファーとは仲良しなアーサー。
つまり、まとめて言ってしまえば、気難しくて人づきあい下手な老人が、最愛の妻を看取り、その喪失感の中で妻の遺志を受け入れて、息子や他人に心を開いていくというお話です。
このタイプのドラマで肝心なのはディテイルの描き方だと思いますが、この映画でも市井の人々の生活感がきちんと描かれていて、そのリアリティが笑いと涙を誘います。
たとえば、アーサーとマリオンが暮らす家のソファ。生地がちょっとほつれているものを大切に使っていて、英国の老人世帯らしさが伝わってきます。湯たんぽを使っているあたりもそうですし、アーサーが"bug off"と怒鳴るあたりも、いかにも言いそうです。
ラストのコンクールのシーンでは、Tシャツ姿が「規定外」だと出演を断られたりして、こういうところも英国ならではでしょう。
また、この合唱団の名称、The OAP’Z。 Old Age Pensioner(老齢年金受給者)の集まりという意味ですが、エリゼベスが合唱団の老人たちに名称を提案する際、最後をZにするところがクールでしょ、と言い添えます。この微妙な古くささが、ぱっとしない地方都市の真面目な音楽教師らしくて笑えます。
そして劇中歌の選曲。なかでもマリオンがコンクールの予選で独唱する"True Colours"は非常に感動的です。シンディ・ローパーのコンサートに行った時のブログにも書きましたが、ただでさえ染み入る曲が、この状況で歌われると涙なしには聴けません。
最後の場面でアーサーが歌うビリー・ジョエルの"Lullaby (Goodnight My Angel)"も、歌詞が心に響いて良い感じです。
もちろん、 主人公の名優2人、頑固ジジイのアーサーを演じたテレンス・スタンプ(Terence Stamp)や、心優しい老妻マリオンを演じたヴァネッサ・レッドグレイヴ(Vanessa Redgrave)の演技も一見の価値ありです。
息子のジェイムスを演じたクリストファー・エクルストン(Christopher Eccleston)は、「シャロウ・グレイブ」や「日蔭のふたり」が有名ですが、私の好きな「姉のいた夏、いない夏。」でキャメロン・ディアスの元恋人役を演じていた人。
エリザベスを演じたジェマ・アータートン(Gemma Arterton)。007シリーズの「慰めの報酬」の他、「パイレーツロック」にも出ていましたし、「アリス・クリードの失踪」ではアリスを演じていて、派手さはありませんが、地に足の着いた感じの女優さんです。
最後に個人的なことを書くと、私はその昔、このコンクール会場のロケ地となったNewcastle City Hallで"A Midsummer Night’s Dream"を観たことがあるのですが、チケット売場で枚数を訊かれたとき、手の甲を向けた状態で指2本立てて注意されるという、日本人にありがちな失敗をした思い出があります。この映画の中でも、「ロックを表現してみて」と頼まれた老人が指を立てて見せますが、こういったところも英国的かも知れません。
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