映画「おみおくりの作法(Still Life)」

Still00 いつ頃から使われているのか、孤独死という言葉があります。英語ではどう表現するのだろうとBeta Filmのプレスキットをダウンロードしてみたら、died alone とか lonely death とか書かれていて少しも勉強にならなかったのですが、この映画の主人公は、そういった誰からも看取られずに亡くなった方を担当する地方公務員。原題通り、登場人物も映画全体を覆う空気感もとても静かな作品です。

ところが、内容の静けさからは想像できないほどの人気で、平日の夕方でもシネスイッチはほぼ満席でした。ネット予約できない劇場ですので、早めに行って席を確保するしかありませんが、頑張って観るだけの価値ある作品だと思います。

主人公のジョン・メイは、ロンドン市ケニントン地区の地味な公務員。仕事は孤独死した市民の後始末なのですが、官僚的に処理できない性格で、遺品を確認して故人の関係者を捜し、誰も葬儀に参列しなければ自らが弔辞を書き、埋葬までの期間を引き延ばして遺体の引き取り手が現れるのを待ち、といった具合です。この誠実な仕事ぶりも行政改革の流れには勝てず、上司のプラチェット氏から人員整理の対象だと言い渡されてしまいます。

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たまたま、集合住宅の向かいの部屋で暮らしていたビリー・ストークの死が最後の仕事となります。故人の遺品整理に出向き、これほど近くで暮らしていながら、今までまったく接点がなく、関心すら寄せなかったことに軽いショックを受けるジョン・メイ。雑然とした部屋をくまなく調べ、遺品の古いアルバムやレコードにまぎれていた情報をもとに彼の生涯を遡り始めます。

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彼が暮らしていたと思われるウィットビー(Whitby)のフィッシュ&チップス店や、オーカム(Oakham)の製パン工場まではるばる出掛けて行き、戦友だった老人や実の娘ケリーを探し当てます。またバークレー・スクエアのホームレスからビリー・ストークが路上生活していた頃の話を聞き出します。そうやってビリー・ストークの人生を知るにつれて、ジョン・メイの心境が変わっていき、またジョン・メイの生活にも変化の兆しが現れます。

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ひと言でいえば、孤独死した人を弔いながら、常に死を意識し、自らも孤独な生活を送ってきたジョン・メイが、22年勤めた役所と決別し、孤独と折り合いをつけていくまでの姿をじっくり描いていく映画です。しかし、死が中心にありながら陰鬱にならないのは、ジョン・メイを演じたエディ・マーサン(Eddie Marsan)の飄々とした表情に負うところが大きいと思います。

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これまで「思秋期」のDV夫や「アリス・クリードの失踪」の誘拐犯など悪役の印象が強かったエディ・マーサンですが、本作では生真面目な公務員を几帳面に演じることで、ほどよくユーモラスな雰囲気を醸し出しています。

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ビリー・ストークの娘ケリーを演じたのは、TVドラマ「ダウントン・アビー」でアンナ役を演じているジョアンヌ・フロガット(Joanne Froggatt)。母と自分を捨てた父を恨みながら生きてきた女性を、重くなり過ぎないように好演しています。

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そして、この風変わりな物語の脚本を書いて監督したのは、これまでプロデューサーとして「フル・モンティ」など数々の作品を成功させてきたウベルト・パゾリーニ(Uberto Pasolini)。半年ほどかけて、ジョン・メイのような仕事をしている30人ほどの人たちに会って話を聞いたというだけあって、十分に練り上げられた作品ならではの味わい深さです。

もちろん「フル・モンティ」同様、市井の人々に向ける視線はあたたか。ジョン・メイもビリー・ストークも、英国が推し進める合理化の余波で人生を狂わされてしまう弱い立場の人たちです。

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さらに言えば、ビリー・ストークが転落するきっかけでもあるフォークランド紛争。映画「マーガレット・サッチャー」では、冷徹に"sink them"(撃沈しなさい)と言い放つメリル・ストリープが印象的でしたが、この戦争のとき、いわゆるサッチャリズムで失業していた労働者の多くが、名曲"Shipbuilding"で歌われたように再雇用されるか、戦地に向かうことになりました。

英国が勝利し、サッチャー首相の支持率が上昇して行政改革が進んだのは日向の部分です。その陰では、ビリー・ストークのような落ちこぼれ人生があり、彼の戦友だった老人が語るようなPTSDの苦しみがあったわけです。この帰還兵のPTSDについては、クリント・イーストウッド監督も最新作で扱っているように、これからの時代、大きな問題になっていきそうです。優れた映画はいつも政治の先をいっているものですね。

公式サイト
おみおくりの作法Still Life

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