映画「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙(The Iron Lady)」

Thatcher0 元英国首相のマーガレット・サッチャー(Margaret Thatcher)を、米国人女優のメリル・ストリープ(Meryl Streep)が演じて、今年のアカデミー賞主演女優賞に輝いた作品です。元々あまり似た風貌ではないと思うのですが、特殊メークと彼女の演技力、特に喋り方のおかげで、ニュース映像かと思うほどそっくりでした。

さすが研究熱心なことで知られるメリル・ストリープ。イギリス英語というだけでなく、最初はキンキン声だった発声を、党首選に備えて落ち着いた喋り方に変えたサッチャーを、完璧に演じ分けています。

サッチャーが喋り方と同時に髪型や服装もイメチェンしたことは映画でも描かれていますが、これをヒラリー・クリントン(Hillary Clinton)が真似て、髪を染め、縮毛矯正したというのは有名な話ですね。

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実は、話題作だから観ておこうかという感じで、それほど期待せずに観にいったのですが、メリル・ストリープの演技もさることながら、映画の構成もしっかりしていて、思っていた以上に見応えのある映画でした。監督は「マンマ・ミーア!」のフィリダ・ロイド(Phyllida Lloyd)。引退後のサッチャーが過去を振り返るという演出がとても良い感じです。

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もちろんメリル・ストリープだけでなく、終生、控えめに振る舞ったと伝えられる夫のデニス・サッチャーを演じたジム・ブロードベント(Jim Broadbent)も、「家族の庭」に引き続き温厚でユーモラスな味わい深い演技を見せています。

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ただ、現在時で描かれる引退してからのシーンと、回想で描かれる政治家を志してから失脚するまでのシーンが、交互に現れるという構成上、マーガレット・サッチャーが首相として活躍した時代は、ぎゅっと圧縮されています。つまり彼女の首相としての業績は、毀誉褒貶を含めて誰もが知っているという前提で作られています。

ですから、フォークランド紛争についても、終盤のPoll Tax(人頭税)についてもほとんど説明されませんので、当時のことを知らないと、どうしてあの税制があんな暴動に至って彼女が失脚するのか、ぴんとこないかも知れません。

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また冒頭のシーン。引退後のサッチャーが、護衛も付けずにミルクを買いに行き、ちょっとしたトラブルになるのですが、そこで彼女はミルクの価格高騰を嘆いてみせます。これは、Education Secretary(教育相)時代にミルクの公費補助を打ち切り、"Margaret Thatcher, Milk Snatcher"(Milk Snatcher=ミルク泥棒)と呼ばれた逸話を下敷きにしているのだと思うのですが、そういった有名なエピソードに引っ掛けながら進んていく作りですので、若干知識があった方が楽しめると思います。

いずれにしても、サッチャーがなぜ政治を志したのか、あの時代の英国がどういう雰囲気で、彼女はどの部分をどう変えたかったのかということがリアルに描かれていて、完成度の高い映画だと思います。

男女の格差もそうですが、日本と違い、英国はクラスのある社会です。私自身、学生時代の友人が「お母さんが再婚したから僕のクラスが2つ上がったんだ」と言うのを聞いて、そんなに厳密なのか、と驚いた覚えがあります。食料品店の娘から、英国首相まで上り詰めたマーガレット・サッチャーを、この時代に改めて知ることも有意義かも知れません。

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個人的には、映画の中に出てくるいくつかの教訓的なセリフが心に残りました。たとえば現代の政治家を評したこんなセリフ。

It used to be about trying to do something. Now it’s about trying to be someone.
昔は何かを成し遂げようとしたが、今は何者かになろうする(字幕の訳とは違います)

議員になることを単なる就職だと思っているどこぞの政治家にも聞かせてあげたいセリフです。

思わず鼻息の荒い締めくくりになってしまいましたが、気軽に見ても十分に楽しめる映画ですし、メリル・ストリープの演技は一見の価値ありだと思います。

公式サイト
マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙The Iron Lady

[仕入れ担当]