映画「思秋期(Tyrannosaur)」

Tyrannosaur0 俳優として「ボーン・アルティメイタム」等に出演してきたパディ・コンシダイン(Paddy Considine)が初めて手掛けた長編映画です。英国には、ケン・ローチ(Ken Loach)やマイク・リー(Mike Leigh)といった、労働者階級の悲哀を描き続ける監督がいますが、同じ系譜に属する監督だと思います。

ちなみにパディ・コンシダイン監督、この映画で英国アカデミー賞の新人賞や、サンダンス映画祭の監督賞など多くの栄誉に輝いているのですが、日本での注目は今ひとつで、東京でも単館上映という寂しさ。もう少し話題になっても良いような……。

英国北部の工業都市、リーズ(Leeds)の公営住宅に暮らす失業者のジョセフは、アル中気味で喧嘩っ早い男やもめ。映画の冒頭、のみ屋でいざこざを起こし、可愛がっていた犬に八つ当たりして蹴り殺してしまいます。

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すぐに我に返って落ち込みますが、失った愛犬は戻ってきません。大きな喪失感を抱えながらも、生活を改善するはずはなく、相変わらず酒場でけんかしたり、ダメな人生を送っています。

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ある日、酒場で若者とトラブってチャリティショップに逃げ込み、その店を取り仕切っているハンナと出会います。

チャリティショップというのは、NPO等が活動資金を得るために、寄付された古着などを売っている店。英国ではオックスファム(Oxfam)が有名ですが、ハンナの店は、キリスト教会関係のようです。チャリティショップのスタッフはボランティアだったりしますので、失業者から見ると、生活に余裕ある人の暇つぶしといったイメージでしょう。

ということで、初対面にもかかわらず、心配してくれたハンナに悪態をついてしまうジョセフ。その後、謝罪のために再訪して、次第にハンナのことが気になるようになります。ハンナ自身も、口に出しませんが、家庭内に問題を抱えていて、ジョセフはそういう影の部分に共鳴したのかも知れません。

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ガンで余命僅かとなった親友のために祈って欲しいとハンナに頼んだことで、少しずつジョセフとハンナの距離が近づいていきます。しかし、親友が亡くなり、葬式用のスーツを買おうとジョセフが店を訪れた際、ハンナの問題が再燃します。

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また、ジョセフは、向かいの家で暮らす少年とも仲良しです。シングルマザーである母親は、犬を連れたゴロツキ風の男と交際していて、少年はいつも玄関の外で独り遊びしているのですが、この少年とハンナがそれぞれトラブルに巻き込まれ、それらがジョセフを突き動かし、ジョセフを変えていきます。

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もちろん、見どころはジョセフを演じたピーター・ミュラン(Peter Mullan)と、ハンナを演じたオリヴィア・コールマン(Olivia Colman)の演技。ピーター・ミュランは「戦火の馬」でもダメ親父を演じていましたが、単なる飲んだくれというのではなく、心の奥底の痛みが垣間見える、傷ついた酔っ払いの演技がとても上手な役者さんです。

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対するオリヴィア・コールマンは、「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」でサッチャーの娘さんを演じていた人。そしてハンナの夫を演じるエディ・マーサン(Eddie Marsan) は「アリス・クリードの失踪」の中年男。英国映画らしく、地味だけどリアリティのある俳優が揃っています。

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原題のティラノザウルスは、いうまでもなく「ジュラシックパーク」等でお馴染の恐竜のこと。その意味するところは映画の中で語られますが、それだけでは、なぜそれをタイトルに選んだのか疑問に思うところです。

実際、インタビューでも度々質問されていて、パディ・コンシダイン監督自身も「わかり難いので変えようと思ったが、妻の強いプッシュで、結局、このタイトルに落ち着いた」と回答しています。

監督曰く、ティラノザウルスというのは恐怖のメタファーで、恐怖が恐怖を作り出す、ということを伝えたかったとのこと。映画の終盤に「虐待された犬は凶暴になる」というフレーズが出てきますが、これがタイトルの真意と、この映画のテーマを明らかにしていると思います。

公式サイト
思秋期

[仕入れ担当]