ジョン・マッデン(JohnMadden)監督というと、古くは「恋におちたシェイクスピア」、最近では「マリーゴールド・ホテル」のイメージかと思いますが、本作はこれらと趣きを異にしたサスペンスです。
税制を専門に連邦議会でロビイ活動をしてきたエリザベス・スローンが、銃規制反対派(つまり銃を自由化したい側)からの依頼を拒否し、会社を移って銃規制側のロビイストとなって闘う物語。反対派と賛成派それぞれが互いに出し抜きあい、議会の多数派工作を進めていく様子をスリリングに描いていきます。
脚本を書いた英国人ジョナサン・ペレラ(JonathanPerera)は創作活動がしたくて弁護士をやめ、韓国で英語教師をしながら本作を書き上げたという変わり種。デビュー作にも関わらず、2015年のブラックリストのトップ5に入ったといいますから面白さはお墨付きです。
主演は「ツリー・オブ・ライフ」「ヘルプ」「インターステラー」のジェシカ・チャステイン(JessicaChastain)。演技力もさることながら、元パートナーが監督した「ラブストーリーズ」の製作・主演を務めるなど、最近は俳優の枠を超えた活躍をしている女優さんです。過去にマッデン監督作品でモサド諜報員を演じたことがあるそうで、監督は初めから彼女を主役にする前提で企画したということです。
映画の冒頭は、議会の聴聞会でエリザベスが質問に答えているシーン。つまり、最終的にロビイ活動の違法性を問われるということがこの時点でわかります。続いて、彼女が担当しているインドネシア政府の案件でチームメンバーに指示を出しているシーン。菓子類の売上税の適用基準について問い詰めたり、強面な仕事ぶりが伝わってきます。
その聴聞会の3週間前、上司のジョージ・デュポンからミーティングに呼び出されたエリザベスは、銃器メーカー団体のトップであるボブ・スタンフォードと会います。そこでスタンフォードから、護身と自由の観点から銃規制反対の女性を組織化して、規制法案を支持する議員に圧力をかけて欲しいと依頼されます。
勝利することに拘り、すべてビジネスライクに対処しているように見えるエリザベスですが、銃による殺人に対する問題意識は高く、銃の規制強化には賛成です。また安全のためといえばすぐに女性がなびくという考え方は、老人の集まりらしい古くささだと一笑に付します。
実はこの場面、ペレラの元々の脚本では単なる業務依頼になっていて、映画化の段階で“女性の組織化”というアイデアが加わったようです。これは映画の後半に加えられたフェミニスト絡みのPAC(Political Action Committee)と対になっていて、「マリーゴールド・ホテル」で女性の心の機微を描いてきたマッデン監督ならではの仕掛けだと思います。
会社から見れば銃器メーカーは金の卵を産む客(golden goose client)であり、それを蹴飛ばすことは容認できません。その後、エリザベスは大手のコール・クラヴィッツ&ウォーターマンから、銃規制賛成派ロビイのピーターソン・ワイアットに移ることになります。
転職先は以前の会社に比べて弱小で、“ブティック・ロー・ファーム”だと言う社長のシュミットに対して、“ブテッィクというのは小魚の婉曲表現でしょ”と喝破するエリザベスですが、チームスタッフの半分を引き連れて移籍し、八面六臂の活躍が始まります。
それぞれが相手の裏をかいていくスリリングな展開にも目が離せませんが、会話の面白さも格別です。ただ、語りが速すぎて字幕から省いた部分も多そうですし、ルカの福音書14-10のジョークなど日本語にすると複雑すぎるくだり(オチは“Friend, come up higher; then shalt thou have glory!”です)もありました。インフライトムービー等で改めて見直すと新たな発見があるかも知れません。
また衣装にもひと工夫あって、エリザベスはサンローランの服にビアジェの腕時計、車はレクサスと一貫してゴージャスですが、大手時代の同僚たちが白シャツ&レジメンタルタイだったのに対し、転職後の弱小会社ではJクルーを着ているといった具合にイメージを変えています。
主役のエリザベスを演じたジェシカ・チャステインの他、元部下のジェーンを「ミッドナイト・イン・パリ」でゼルダ役だったアリソン・ピル(Alison Pill)、元上司のデュポンをウディ・アレンの映画によく出ていたサム・ウォーターストン(Sam Waterston)、元同僚のパット・コナーズを「スティーブ・ジョブズ」でハーツフェルド役だったマイケル・スタールバーグ(Michael Stuhlbarg)、ピーターソン・ワイアット社長のシュミットを「キングスマン」のマーク・ストロング(Mark Strong)が演じています。
また新たな職場で抜擢するエズメをググ・バサ=ロー(Gugu Mbatha-Raw)、端役のようで意外に重要なフォードを「キャロル」の恋人役、「クーパー家の晩餐会」で軍人ジョー役だったジェイク・レイシー(Jake Lacy)が演じています。
公式サイト
女神の見えざる手(Miss Sloane)
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