映画「ラブストーリーズ(The Disappearance of Eleanor Rigby)」

Er0 ある夫婦の別居を巡る1つのストーリーを、男性を主人公にした「コナーの涙(Him)」と女性を主人公にした「エリナーの愛情(Her)」の2本の映画で見せる作品です。

面白い試みですが、2本とも観ないと全貌が明らかにならないところが玉に瑕。米国では、この2本を1本に編集した"them"というバージョンが上映されたそうですが、まぁ、それを観るぐらいなら、DVDやブルーレイになってから3時間以上かけてご自宅でのんびりご覧になった方が満足できるかと思います。

2本のどちらから先に観るかも悩ましいところです。ざっくりいえば、「コナー」の方がストーリー重視、「エリナー」の方がディテイル重視ですので、コナーから先にと言いたいところですが、「エリナー」の冒頭に重要なシーンがあって、それを知らずにコナーを観てもあまり入り込めないような気もします。また「コナー」のエンディングに、なぜそこに行ったかを示唆するシーンがあり、それを観ないと「エリナー」のエンディングの意味も、なぜそれがエンディングになっているのかもわかりません。

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それから、邦題が「ラブストーリーズ」だからといって、いわゆるラブストーリーだと思ったら間違いです。原題が示すとおり、妻のエリナー・リグビーが家から出ていったという事実を起点に、夫婦それぞれの思いや行動を描いていく作品。感覚的には「ブルーバレンタイン」に近い感じでしょうか。

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細部に魂が宿る作品ですので、何を書いてもネタバレになってしまうのですが、物語は、公園で起きた事故か何かで子どもを失った夫婦が、その衝撃や喪失感をうまく共有できず、心が離ればなれになってしまっている状態からスタート。

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2人が暮らしていたNYのアパートを出た妻エリナーは、ある事件を契機に実家に身を寄せるようになり、大学に戻って新しい生活を始めます。夫コナーは、妻の不在を受け止められず、当初はジタバタしますが、次第に自分たちの関係を客観視できるようになり、将来に向けて動いていきます。

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ある事件というのは「エリナー」の冒頭のシーンのこと。具体的に書けば簡単なのですが、この長回しで撮られた1カットが渾身の映像で、作り手の思い入れを考えるとさすがにネタバレするのは心苦しくて・・・。エリナーを演じたジェシカ・チャステイン(Jessica Chastain)と、監督を務めたネッド・ベンソン(Ned Benson)は一緒に暮らしていた時期もあったそうで、こういう立ち上がりで観客を惹きつけたいと当時から話していたのではないかと思わせるようなシーンです。

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コナーを演じたのは「声をかくす人」「トランス」のジェームズ・マカヴォイ(James McAvoy)で、その父親役で「裏切りのサーカス」に出ていたキーラン・ハインズ(Ciarán Hinds)、コナーのバーのスタッフ役で、「毛皮のヴィーナス」のブロードウェイ版に主演してトニー賞に輝いたニーナ・アリアンダ(Nina Arianda)が出ています。

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一方、「エリナー」の方には、エリナーの父親役でウィリアム・ハート(William Hurt)、母親役で「愛、アムール」のイザベル・ユペール(Isabelle Huppert)、エリナーが聴講する大学教授の役で「ヘルプ」のヴィオラ・デイヴィス(Viola Davis)が出ています。いずれも素晴らしい俳優さんなのですが、個人的には、イザベル・ユペールがちょっと浮いてるように見えました。

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母親をフランス人の音楽家という特殊な設定にしたせいで、必要以上にキャラ立ちして、物語の輪郭がぼやけてしまった感じ。父親と母親の出会いが英国で行われたビートルズのコンサートだったというくだりも、エリナーの名前にまつわる会話とはいえ、無理矢理こじつけた印象が拭えません。

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また、ヴィオラ・デイヴィスが演じた教授の役どころもちょっと微妙。エリナーのメンター的な存在として描かれているのですが、エリナーが彼女に共感しているように見えないのです。教授の講義や2人が話す内容が物語を補足しているとはいえ、「コナー」で描かれる核心の部分は伏せられていますので、ストーリーを進める上での必然性もなく、中途半端な感じです。

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きっとこの2人の女優さんには、何としても出演して欲しかったのでしょうね。ですから、骨格がしっかりしている「コナー」の方が完成度が高い印象ですが、作り手の嗜好が強く反映されているのは「エリナー」の方だと思います。物語性と感性というのでしょうか。

なんだか欠点ばかり書いてしまいましたが、決して出来の悪い作品ではありません。時間に余裕があるとき、作り手からのメッセージを探しながらのんびり楽しむのがベストだと思います。

公式サイト
ラブストーリーズ

[仕入れ担当]