ロバート・レッドフォード(Robert Redford)が製作・監督を務めたことで話題になりました。合衆国によって処刑された最初の女性、メアリー・サラット(Mary Surratt)の最期を描いた米国の歴史ドラマです。
南北戦争終結直後の1865年4月14日、ワシントンD.C.のフォード劇場で"Our American Cousin"という舞台劇を観賞していたリンカーン大統領が暗殺されました。
狙撃犯は、当時の有名なシェークスピア俳優だったジョン・ブース(John Wilkes Booth)。この劇場に何度も出演していた関係で、内部の事情は熟知していたようです。裏口を使ってリンカーンがいたボックス席まで侵入し、すかさず背後から銃撃しました。
狙撃後、ブースは舞台に飛び降りると、観客に向かってバージニア州のモットーである"Sic semper tyrannis"(専制者は常にかくのごとし)と叫び、馬で逃走します。
ちなみに南北戦争のとき、奴隷制度に反対だったバージニア州の西部はウェストバージニア州として分離独立し、それ以外のバージニア州は合衆国から脱退して南部連合として戦いました。そのバージニア州旗には、現在も専制者が踏まれる絵と共に上記のモットーが記されています。
町から逃げたブースは農場の納屋に隠れますが、追ってきた騎兵隊に火を放たれ、燃え拡がる炎に照らされて射殺されます。その後、ブースの協力者が次々と逮捕されますが、その一人として、ブースが出入りしていた下宿屋の女主人、メアリー・サラットが共謀者(=Conspirator)として軍法会議で裁かれることになります。
南北戦争終結後、弁護士に復職していたフレデリック・エイキン(Frederick Aiken)は、元司法長官のジョンソン(Reverdy Johnson)上院議員から、メアリー・サラットの弁護を依頼されます。
北軍の大尉として南北戦争で活躍したエイキンですから、リンカーン暗殺犯に対する憎しみも強く、当初は断りますが、上院議員の説得に折れて弁護を引き受けることに。
しかし軍法会議ですから、裁くのは陸軍の幹部たちで、当然のことながら当初から有罪を前提に裁判が進みます。特にスタントン(Edwin Stanton)長官は、この合衆国の危機を乗り越えるために、国民に道筋を示すことが大切だと強い信念を抱いています。いわば軍部が共謀しているわけです。
弁護士事務所を開設したばかりのエイキンは1832年生まれですから、当時まだ30歳そこそこ。ただ一人、陸軍の重鎮たちに対抗していくのですから大変です。それでも法を守るという正義感から、無実を主張するメアリー・サラットを弁護していきます。
最終的にメアリー・サラットは死刑を宣告されるわけですが、それは彼女の弁護をしたエイキンが負けたというよりも、正義よりも公益が優先されたということのようです。英語版のサブタイトルになっている"One bullet killed our beloved president. One bullet but not one man!"は、エイキンと論戦を繰り広げる検事、ジョセフ・ホルト(Joseph Holt)の言葉ですが、これがこの史実のすべてを物語っていると思います。
この映画の見どころはといえば、このドラマを作り上げたロバート・レッドフォードの生真面目さでしょう。隅から隅まで、きちんと作り込まれていて、実際にこの時代を覗き見しているかのような錯覚に陥ります。
そして、メアリー・サラット役のロビン・ライト(Robin Wright)の凛とした演技。ブースの友人だった息子のジョン・サラット(John Surratt)に累が及ばないよう、自らの無実を訴えながらも、まったく釈明しなかったメアリー・サラットの強い精神力がじわっと伝わってきます。
余談ですが、エイキンの親友を演じたジャスティン・ロング(Justin Long)は、役者としてよりも、ドリュー・バリモア(Drew Barrymore)の元カレとして有名な人。Macintoshユーザーなら、米国オリジナル版"Get a Mac"キャンペーンのCMに出ていた人(Hello, I’m a Mac)と言われれば、ぴんとくるかも知れません。
それはさておき、非常に真面目な映画です。真面目すぎてちょっと肩が凝ってしまいますが、私のように米国史に疎い人間にはとても勉強になります。2009年のリンカーン生誕200年に因んで製作された映画が、最近公開されたり、公開予定だったりしていますので、その予習として観ておいても良いかも知れません。
公式サイト
声をかくす人(The Conspirator)
[仕入れ担当]