映画「スティーブ・ジョブズ(Steve Jobs)」

00 それほど話題になっていなかったので、特に観なくてもよいかなと思ったのですが、観に行って正解でした。監督が「スラムドッグ$ミリオネア」「トランス」のダニー・ボイル(Danny Boyle)、脚本が「ソーシャル・ネットワーク」のアーロン・ソーキン(Aaron Sorkin)ですから、ベタな作りにならないのは当然としても、こういう見せ方でくるとは・・・。良い意味で期待を裏切ってくれる作品です。

映画は三部構成になっていて、1984年のMacintosh、1988年のNeXT Cube、1998年のiMacの発表当日、プレゼン直前の楽屋裏を同じ登場人物で描いていきます。ある種、舞台劇のような構成ですが、さすがダニー・ボイル、映像の使い方が巧みです。映画ならではの楽しみに溢れ、テンポのよい言葉の応酬にどんどん引き込まれていってしまいます。

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まずオープニング。クレジットなしでいきなり本編に入るのですが、そこで展開されるのが、Macintoshのデモで“Hello”という音声が出せないことに苛立つジョブズと、それは無理だと譲らないハーツフェルド(Andy Hertzfeld)のやりとり。この会話が面白くて、「直せ!」と迫るジョブズに、「僕たちはデイトナ(カーレース)のピットクルーじゃないから数秒間じゃ直せないよ」とハーツフェルド。「数秒どころか3週間あったはずだ、それだけあれば天地創造が3回できる」「じゃ、どうやって天地創造したか今度おしえてよ」と続きます。

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この会話だけで、ジョブズの性格、社内や仲間たちとの関係が一気に伝わってくる実にうまい立ち上がりです。ここで、Macintoshは互換性を無視したクローズドシステム(その反対がIBM-PCのオープンシステム)で、特殊な工具がなければケースを開けることもできないと知らされます。古くからのMacユーザーなら2本セットの軸の長い星型ドライバーを思い出すシーンでしょうが、私は“end to end”という言葉を完全性という意味で使っている方が気になりました。

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これ以外にも、たとえば“Reality distortion field”(現実歪曲フィールド)など、へぇーっと感心した後、あまりに的確で爆笑してしまうような言葉も出てきます。いろいろと知的刺激を与えてくれる映画ですが、だからといって、何かを学ぶために観るような映画ではありません。本作はジョブズという高級素材をダニー・ボイルがどう料理したかを楽しむ映画。ジョブズの伝記を知りたければアシュトン・カッチャーの「スティーブ・ジョブズ(JOBS)」の方が向いていると思います。

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話が逸れましたが、この場面でジョブズに付き添っているのが、マーケティング担当のジョアンナ・ホフマン(Joanna Hoffman)です。MITを卒業した理系の人で、最近のガイ・カワサキ(Guy Kawasaki)のインタビュー(Youtube)でも「マーケティングって何?って感じだった」と答えているように、もともとマーケティングとは無縁の経歴で、ジェフ・ラスキン(Jef Raskin)の誘いでゼロックスから転職した人。ハーツフェルドやウォズニアック(Steve Wozniak)など開発系の人に比べると知られていませんが、本作の軸となる重要人物です。

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もちろん、上記の人々の他にジョン・スカリー(John Sculley)も重要な登場人物ですし、マイク・マークラー(Mike Markkula)も出てきます。しかしポイントとなるのは、スティーブ・ジョブズと娘のリサの関係。彼女を産んだクリスアン・ブレナン(Chrisann Brennan)がプレゼン直前に娘を連れて現れ、ジョブズの苛立ちを増幅させます。

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父子鑑定テストで94.41%の確率で親子であるとされたのに認知を拒否し、どういう計算かわかりませんが、タイム誌の取材に「米国男性の28%は父親の可能性がある」と答えたジョブズ。Apple社では、ウォズニアックが開発したApple IIと今回のMacintoshの間にLISAというマシンを発表していますが、娘の名前からネーミングしたのではなく、Local Integrated Systems Architectureの略だと言い張って、さらに母子を傷つけます。

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この母子との関係を遠巻きに見守りながら、ジョブズの子守役を一手に引き受けていたのがジョアンナ・ホフマンです。後にハーツフェルドが陰ながら母子を助けていたこともわかりますが、横暴で嫌なヤツだったジョブズと、不思議と周りから愛されたジョブズを、バランスよく映像化していくための大切な役割です。

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そしてジョン・スカリー。養子だということに負い目を感じ続けたジョブズにとって、擬似的な父親役を担った人物だったわけですが、彼との関係の変化が、そのままジョブズの精神的な成長、ひいてはリサとの関係に繋がっていくあたりが本作独自の視点でしょう。

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主役のジョブズを演じたのは「ジェーン・エア」「それでも夜は明ける」のマイケル・ファスベンダー(Michael Fassbender)。実際のスティーブ・ジョブズにはまったく似ていませんが、伝記映画ではありませんので、これはこれでOKでしょう。中途半端に顔が似ているより、存在感で圧倒してくれた方が観ている側としても受け入れ易いと思います。

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そしてジョアンナ・ホフマンを演じたのが「愛を読むひと」「おとなのけんか」「とらわれて夏」のケイト・ウィンスレット(Kate Winslet)。オスカーの常連ですが、本作でもアカデミー助演女優賞にノミネートされていました。実にうまい女優さんですね。ジョアンナ・ホフマンはポーランド生まれの移民なのですが、Macintosh発表当時の映像(Youtube)をみると、喋り方の特徴まで捕らえていて驚かされます。ちなみにウォズニアックもポーランド系です。

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その他の出演者も、ジョン・スカリーを演じた「イカとクジラ」のジェフ・ダニエルズ(Jeff Daniels)、ウォズニアックを演じた「テイク・ディス・ワルツ」のセス・ローゲン(Seth Rogen)、ハーツフェルドを演じた「ブルージャスミン」の歯科医役マイケル・スタールバーグ(Michael Stuhlbarg)、クリスアン・ブレナンを演じた「インヒアレント・ヴァイス」のシャスタ役キャサリン・ウォーターストン(Katherine Waterston)など、なかなか良い役者が揃っています。

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ということで、なぜ話題にならないのか理解に苦しむ隠れた名作です。もうジョブズの話はわかってるから、などと切り捨てず、チャンスがありましたら是非ご覧になってみてください。

公式サイト
スティーブ・ジョブズSteve Jobs

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