演技派の俳優として「それでも夜は明ける」「ラブ&マーシー」「グランドフィナーレ」「スイス・アーミー・マン」と存在感を高めてきたポール・ダノ(Paul Dano)初の監督作品です。脚本は10年来のパートナーであり、女優としても「ビッグ・シック」などで活躍しているゾーイ・カザン(Zoe Kazan)。原作はリチャード・フォード(Richard Ford)の同名小説で、1960年代のモンタナ州の田舎町を舞台に、平凡な3人家族が父親の失業をきっかけに少しずつ壊れていく様子を息子の視点から描いていきます。
その家族を演じたのは父親ジェリー役がジェイク・ギレンホール(Jake Gyllenhaal)、母親ジャネット役がキャリー・マリガン(Carey Mulligan)ということで、キャスティングを見ただけで良い映画を予感させます。息子のジョーを演じたエド・オクセンボールド(Ed Oxenbould)は、ちょっとポール・ダノに似た雰囲気があり、後半で登場するビル・キャンプ(Bill Camp)のリアリティある演技と併せて感情移入しやすい作品になっています。

映画の始まりは、ジェリーとジョーの父子が自宅の庭でアメリカンフットボールの練習をしている場面。まさに絵に描いたような幸せな家庭の姿です。しかし、映画が進んでいくに従って、小さな問題も見え始めます。

ジェリーはゴルフ場でコーチの仕事をしていますが、客と賭けゴルフをしていることをマネージャーは良く思っていない様子。14歳のジョーは学校のフットボール・チームに入っていますが、あまり馴染んでいない感じが見え隠れします。

そして母親のジャネット。どうやら専業主婦のようですが、初っぱなからチェックが不渡りになり、そこで以前は教員をしていたと話すと、今は教員の求人はないと先回りして断られてしまいます。つまり、何らかの理由でこの地に移ってきたばかりの家族で、その経緯を含めて経済的な不安を抱えていそうなのです。

ジェリーがゴルフ場を解雇されたことで、この仲良し家族の問題が顕在化し始めます。その後、解雇を撤回したいと申し入れられるのですが、ジェリーのプライドが許さなくてゴルフ場の仕事には戻りません。それでどうするのかと言えば、ちょうど世間の注目を集めていた森林火災の消火に参加すると言い始めるのです。

消火隊は意義ある仕事ではありますが、命の危険がある割に支払われる賃金が非常に低いことをジャネットは問題視します。正義感に燃えてボランティア活動をしているほど生活の余裕はないということ。それでも誇り高く夢見がちなジェリーは山に旅立っていきます。

残されたジャネットとジョーも生活していかなければなりませんので、ジャネットが就職活動を始め、公営プールのコーチの仕事を得ます。ジョーもフットボール・チームを辞めて町の写真館でアルバイトを始めます。そしてジャネットは水泳クラスの生徒であるウォーレン・ミラーと親しくなり、ジョーはクラスメイトのルース・アンと仲良くなります。要するに、家族のそれぞれが違った世界に居場所を見つけ始めるわけです。

ミラー氏は会社を経営している裕福な初老の男性で、34歳のジャネットとはかなり年齢が離れているのですが、20歳でジョーを生んで田舎町で暮らしてきた彼女の社会経験が不足していたということでしょう。ミラー氏の背後に、これまでとは違った世界を見ていたようです。もちろん身勝手なジェリーに対する不信感もあるでしょうし、支払いに追われる生活に嫌気が差していたのかも知れません。いずれにしても、ミラー氏に男性としての魅力を感じ、自分の殻を打ち破ってくれる存在だと思ったようです。

そんな母親の心の揺れを静かに見つめているジョー。もう子どもとは言えないけれど、明らかに大人ではない14歳という年齢設定が効いています。彼のギクシャクした振る舞い、切なげな視線に心を揺さぶられます。

もちろん、キャリー・マリガンの卓越した演技力のおかげもあります。このブログでもこれまで「17歳の肖像」「わたしを離さないで」「ドライブ」「華麗なるギャツビー」「インサイド・ルーウィン・デイヴィス」「未来を花束にして」などをご紹介してきましたが、これほど共感が得られにくい役を、強い説得力をもって演じられるのは彼女ならではでしょう。

ジェイク・ギレンホールの情けない感じも良かったと思います。つい最近も「ゴールデン・リバー」で目にしましたが、強い意志が秘められていそうで、実は方向性が定まらないという微妙な役どころがはまっていました。ポール・ダノ監督との相性も良さそうでしたので、そのうち別の作品で組むことになるかも知れませんね。
[仕入れ担当]