映画「ラブ&マーシー 終わらないメロディー(Love & Mercy)」

00 ザ・ビーチ・ボーイズ(The Beach Boys)のブライアン・ウィルソン(Brian Wilson)を題材にした伝記映画です。伝記映画といっても、単純に主人公の半生をなぞるだけでなく、ブライアン・ウィルソンの転機となった2つの時代を併行して描くことで彼の内面に迫っていくという野心的な作品なのですが、これが実に効果的な構成。エンディングで現在のブライアン本人が映し出され、ほっと温かい気持ちになって、心地良い余韻に浸りながら劇場を後にできる映画です。

監督は、プロデューサーとして「ブロークバック・マウンテン」「イントゥ・ザ・ワイルド」「ツリー・オブ・ライフ」「それでも夜は明ける」など数々の名作に関わってきたビル・ポーラッド(Bill Pohlad)。1990年に「Old Explorers」という作品で監督デビューしているのですが、それから約四半世紀はプロデュースに専念していたようで、本作は監督2作目だそうです。

映画の構成だけでなく、時代の空気感をとらえた映像や音楽など細部の作り込みも抜群です。それもそのはず、良いスタッフを集めていて、たとえば撮影監督は「ムーンライズ・キングダム」や「グランド・ブダペスト・ホテル」などのロバート・D・イェーマン(Robert D. Yeoman)、音楽監督は「ソーシャル・ネットワーク」「ドラゴン・タトゥーの女」「ゴーン・ガール」を手がけたアッティカス・ロス(Atticus Ross)といった具合。さすが、ベテランのプロデューサーらしい人選ですね。

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物語は、ザ・ビーチ・ボーイズが成功を収め、次作に対する期待が盛り上がっていた1966年から1967年頃と、ブライアンが後に再婚することになるメリンダ(Melinda Ledbette)と出会った1986年から精神科医ユージン・ランディ(Eugene Landy)の呪縛から逃れる1991年頃までの2つの時代を交互に描いていきます。

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60年代の若い頃のブライアンを演じたのは「リトル・ミス・サンシャイン」では沈黙の掟を守る少年役、「それでも夜は明ける」では黒人奴隷を吊る白人役を演じていたポール・ダノ(Paul Dano)。体重を16キロほど増やして役に挑んだそうですが、これが写真で見るブライアンそっくり。風貌が似ているだけでなく、自信に満ちていたかと思えば急に不安に苛まれたり、次第に自分を見失っていく様子を生々しく演じています。

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そして80年代の壊れてしまったブライアンを演じたのは「ペーパーボーイ」「大統領の執事の涙」などのジョン・キューザック(John Cusack)。この役、当初は2014年に亡くなったフィリップ・シーモア・ホフマンが想定されていたそうで、彼ならそれなりに似ていたかも知れませんが、ジョン・キューザック、ぜんぜん似てません。でも、見た目は似てなくても良いのでしょう。誰も信用できず、ひたすらユージン・ランディの命令に従うしかなかったブライアンの怯えた心がリアルに伝わってきました。

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60年代の物語の核になるのは、ブライアン・ウィルソンが自分の作りたい音楽にこだわるあまり、メンバーから孤立していく様子です。ビートルズの“ラバー・ソウル”に触発されたブライアンは、それを超えようとツアーメンバーから外れ、腕の良いスタジオミュージシャンを集めてアルバム“ペット・サウンズ”を創り上げます。しかし、メンバーで従兄弟のマイク・ラブから「内省的過ぎる」と批判され、案の定、米国内では期待されていたほどヒットしません。

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同じ頃に録音しながら“ペット・サウンズ”に収録せず、シングルで売り出された“Good Vibrations”が全米1位に輝いたので、かろうじてレコード会社に対する面目は保てたものの、メンバー間の言い争いは絶えません。しかし、ブライアンはさらなる高みを目指して次作“スマイル”の制作に取りかかります。

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そのあたりから、映画でも描かれていた消防士スタイルでのスタジオ録音など、ブライアンの奇行が目立つようになったようです。

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“ペット・サウンズ”は米国では期待を下回ったというものの、英国での評価は高く、ビートルズはそのエッセンスを取り入れた“サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド”を1967年6月1日に発売し、大きな評判を呼びます。ちょうどその頃“スマイル”制作の佳境に入っていたブライアンは、ビートルズのこのコンセプトアルバムの成功でとどめを刺されてしまったようで、結局“スマイル”の発売はキャンセルされてしまいます。

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余談ながら、このアルバムの余波を受けたのはブライアン・ウィルソンだけではありませんでした。たとえば映画「デヴィッド・ボウイ・イズ」では、デビューアルバム“デヴィッド・ボウイ”の発売と時期が重なり、右往左往した話が紹介されていましたし、映画「JIMI」では、話題性に乗じてジミ・ヘンドリックスがビートルズに先じてタイトル曲をライブ演奏したエピソードを描いていました。

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そういうわけで、ここからブライアン・ウィルソンは崩壊していってしまうのですが、その大きな原因になったのは、ザ・ビーチ・ボーイズのマネージャー兼プロデューサーであったマリー・ウィルソン、つまりウィルソン兄弟の父親から受けた精神的暴力だったわけです。60年代の物語の根底にあるのは、父親から叩きのめされても、なお父親の愛情を求めるブライアンの姿です。

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そして1976年、当時のブライアンの妻が、セレブ相手の精神科医ユージン・ランディを初めて招聘しますが、メンバーとの確執から翌年に解雇されてしまいます。ところが、さらに状態が悪化した1983年、ブライアンは再びユージン・ランディを招聘して24時間管理下に置かれる厳しい治療を再開するのです。

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この後が映画で扱われている80年代の物語なのですが、ここでもユージン・ランディから抑圧されながらも、精神的に依存してしまうブライアンが描かれます。つまり、この2つの時代で描かれているブライアンの姿は相似形であり、唯一、異なるのは60年代の「母親の不在」に対し、80年代はメリンダの愛があったこと。

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そのメリンダを演じたのは「ハンガー・ゲーム」シリーズでエフィーを演じているエリザベス・バンクス(Elizabeth Banks)。元モデルの自動車ディーラーというちょっと浮薄な人物像を上手に演じていました。

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ブライアンは自らの楽曲“Love and Mercy”で、世界は暴力に満ちている、とてもこわい、愛と慈悲が必要なんだと歌っていますが、そんな彼の気持ちをすべて掬い取った印象が残る映画でした。とてもお勧めです。

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公式サイト
ラブ&マーシー 終わらないメロディーLove & Mercy

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