映画「パターソン(Paterson)」

00 平凡な日常の中で起こる些細なできごとを丁寧にすくい取り、登場人物たちの他愛ない会話を意識的に切り取ることで、映画の世界観を伝えていく作品です。良くも悪くもジム・ジャームッシュ(Jim Jarmusch)らしい映画で、特段の盛り上がりもありません。

ニュージャージー州パターソン市で暮らす主人公パターソンの1週間が淡々と綴られていきます。地元出身の詩人ウィリアム・カーロス・ウィリアムズ(William Carlos Williams)を敬愛する主人公は、市バス運転手という、公共空間の中で孤立した場所に身を置く仕事に就き、日々感じたことや意識の流れをノートにしたためながら静かに暮らしています。

ジャームッシュ監督は、変化のない生活から何かを感じ取ることこそ詩の心だと言いたいのかも知れません。これまでの作品では音楽が大切な要素になっている場合が多いのですが、本作ではその役割を画面に映し出される手書きの詩、つまり文字化されたパターソンの心の声が担います。主人公が生まれ育った街と主人公の名前が同じですので、観客は二つのパターソンを内と外から見つめ続けることになります。

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主人公のパターソンは市バスの車庫から徒歩圏にある小さな一軒家にローラというペルシャ系の女性と暮らしています。彼らが結婚しているかどうかはわかりません。

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毎朝、二人で寝ている小さなベッドから6時過ぎに抜け出し、シリアルの朝食をとってバスの車庫に向かいます。準備を終えて運転席で詩作していると、インド系の配車係が軽口を叩いていくのも毎日変わらないことのひとつ。同じルートをバスで巡り、同じように腕時計の針が進み、夕方には車庫に戻ってきます。

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帰宅するとローラが作った夕食を食べ、マーヴィンという名のイングリッシュ・ブルドッグを連れて散歩に出掛けます。その途中、ドックという名の黒人が経営するバーでビールを1杯だけ飲みます。ドックや店の客と短い会話を交わすこともあります。そしてほんの少しビールの香りを漂わせてベッドに潜り込み、いつもと同じ朝を迎えます。

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映画は、二人が眠るベッドを俯瞰で撮った場面からスタート。これが月曜の朝で、その後、1週間にわたって同じ場面が繰り返し描かれます。週末にちょっとした事件(パターソンにとっては大きな事件)が起きますが、それを除けば、バスが電気系統の故障で動かなくなる程度で、ほぼ何の変化もない毎日です。

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そんな生活に抑揚をつけているのがローラの存在。部屋や着るものなどさまざまなものに白黒パターンを描くアーティストで、ギターを学んでカントリーシンガーになることやパンケーキを売ってお金を稼ぐことを夢想している、やや浮世離れした女性です。演じている「彼女が消えた浜辺」「チキンとプラム」のゴルシフテ・ファラハニ(Golshifteh Farahani)が極端な美人であることも、ある種のファンタジーのような印象を与えます。

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パターソンを演じているのは、このところ非常によく見かけるアダム・ドライバー(Adam Driver)。このブログで取りあげただけでも「J・エドガー」「リンカーン」「フランシス・ハ」「インサイド・ルーウィン・デイヴィス」「奇跡の2000マイル」「ハングリー・ハーツ」「ヤング・アダルト・ニューヨーク」「沈黙 -サイレンス-」と彼の出演作は枚挙に暇がありません。本作は彼の寡黙で思慮深いキャラクターが100%活かされた作品で、彼だからこそ、変化のない毎日を淡々と生きる主人公を演じられるのだと思います。

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この映画が面白いかと問われると微妙です。個人的には前作「オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ」の方が笑えましたし、前々作「リミッツ・オブ・コントロール」の方が共感できる部分がありました。

しかし、これはこれでアリなのではないかとも思います。さまざまな反射を利用した映像も素敵ですし、登場人物たちが醸し出す風情にも味わい深いものがあり、何よりジャームッシュ監督ならではの世界観に浸れます。

また、ビールや双子やバーのジュークボックスなど村上春樹の小説がオシャレだった頃のキーアイテムが散りばめられていますので、彼の作品が好きだった方にもお勧めできるかも知れません。

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ちょっと面白いのがバスの乗客として登場する若い男女。女性はカーラ・ヘイワード(Kara Hayward)、男性はジャリッド・ギルマン(Jared Gilman)という若手の俳優が演じているのですが、実は彼ら、「ムーンライズ・キングダム」のスージーとサムです。ニューイングランド沖の島から駆け落ちした二人が、大学生になってニュージャージー州のバスに乗っているわけです。いまだ反骨精神たっぷりで、アナーキストについて熱く語り合っているあたりが笑えます。

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公式サイト
パターソンPaterson

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[仕入れ担当]