「フランシス・ハ」のノア・バームバック(Noah Baumbach)監督の最新作です。2014年に世界各地の映画祭で公開され、多くの国では去年、封切られていましたが、なぜか日本では1年遅れの劇場公開となりました。
今回のテーマは、ミドルエイジクライシスの一種でしょうか。中年を迎えた夫婦の「このままで良いのか?」という漠とした不安を、この監督ならではのシニカルな視点で描き出していきます。
主人公は、ベン・スティラー(Ben Stiller)演じるジョシュ44歳と、ナオミ・ワッツ(Naomi Watts)演じるコーネリア43歳の夫婦。ジョシュはドキュメンタリー映画監督で、8年前の作品が高く評価されたというものの、それ以降、次作の編集を続けながらアートスクールの講師を生業にしています。コーネリアは映画プロデューサーですが、実際のところ、有名監督である父親の作品に関与しているだけ。傍目には、ニューヨーカーらしい都会暮らしを満喫しているように見えますが、精神的に充実しているとは言い難い生活です。
親しい友人であるマリナとフレッチャーの夫婦に子どもが生まれ、滔々と子どもを持つことの素晴らしさを説かれて、うんざりする二人。実はジョシュとコーネリアの夫婦も子どもを持とうとした時機があったのですが、2度の流産を経て、自分たちだけで楽しもうと決めたのでした。とはいえ、次作が完成しないジョシュは旅行に出ることもままならず、DINKs的なライフスタイルも不妊を自己正当化する言い訳のようになっています。
ある日、ジョシュが講義を終えると、若い男女に称賛されます。二人はアダム・ドライバー(Adam Driver)演じるジェイミーとアマンダ・サイフリッド(Amanda Seyfried)演じるダービーの夫婦で、作品を見てほしいと乞われて彼らの住居を訪ねると、古道具と膨大なLPレコードに囲まれた個性的な部屋。家具も手作りするという彼らのライフスタイルに惹かれ、次第に親交を深めていきます。
マリナとフレッチャーはそんな彼らのことを心配しますが、二人は意に介せず、若い夫婦に誘われるまま、自転車に乗ったり、ヒップホップを習いに行ったり、ニューエイジ系の集会でアヤワスカ(Ayahuasca)の儀式に参加したりします。
ちなみにアヤワスカというのは抽出物が幻覚作用を持つ植物で、これを探しに南米を訪れたウィリアム・バロウズとアレン・ギンズバーグとの書簡集「麻薬書簡(The Yage Letters)」のYageはこの抽出物の呼び名の一つです。
そんな60年代グリニッジビレッジを懐古するようなライフスタイルが新鮮に感じるのも、若い夫婦のピュアな性格に心を許しているから。ジェイミーの新企画の撮影につきあったあたりから彼らの野心が透けて見えてきて、また抑え隠してきた自分たちのコンプレックスも顕わになってきます。
さすが「イカとクジラ」「フランシス・ハ」の監督だけあって、ひねったセリフや選曲、映像のディテイルはセンス抜群です。序盤とエンディングに使われてるデヴィッド・ボウイ“Golden Years”や、ジェイミーがジョシュを力づけるときに聞かせる映画「ロッキー」の“Eye of Tiger”など、あいかわらず気が利いています。また、ジョシュが自分のことを“a child imitating an adult”だったと語るシーンは、多くの中年の共感を呼ぶと思います。
とはいえ、小細工に頼り過ぎな印象もありますし、エンディングも無理矢理まとめた印象が否めません。宣伝では「久々に大笑いできるウディ・アレン作品のようだ」というニューヨークポストの評が引用されていましたが、このままウディ・アレンのように惰性化して“他にみる映画がないときに選ぶ監督”になってしまわないかちょっと心配になります。
ナオミ・ワッツの演技力は「21グラム」をはじめ「愛する人」「インポッシブル」と定評あるところですが、アダム・ドライバーの演技が「インサイド・ルーウィン・デイヴィス」「フランシス・ハ」「奇跡の2000マイル」とぐんぐんレベルアップしていることが印象的でした。
また「レ・ミゼラブル」でメジャーに躍り出たアマンダ・サイフリッドも、本作や「クーパー家の晩餐会」のようなやや蓮っ葉な役の方が合っているような気がしました。
それから、わかりにくいのですがフレッチャー役を演じているのはビースティ・ボーイズのギタリスト、アダム・ホロヴィッツ(Adam Horovitz)です。彼が腰痛持ちの冴えない中年男として登場するあたり、本作の観客の多くにとって時代の移り変わりを感じさせてくれる部分だと思います。
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ヤング・アダルト・ニューヨーク(While We’re Young)
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