ノア・バームバック(Noah Baumbach)監督の最新作です。アカデミー脚本賞にノミネートされ、一躍注目を集めた「イカとクジラ」の後、「ベン・スティラー 人生は最悪だ! 」も監督しているようですが、日本では劇場公開されませんでしたので、実に8年ぶりの劇場公開作ということになります。
舞台は前作同様、ニューヨーク。都会人にありがちな見栄や俗物根性を鮮やかに描き出すところも、登場人物が早口でまくしたてるところも似ています。「イカとクジラ」の字幕については、太田直子さんがこの本に面白おかしく記されているのお勧めしたかったのですが、残念なことに絶版になっているようですね(Kindle版なら読めるようですが)。
それはさておき、この「フランシス・ハ」のテーマはずばり、日本版のタグラインにもある「ハンパなわたしで生きていく」です。何をやっても中途半端なフランシスが、年齢とともに夢が遠ざかっていく現実をしっかり受け止めるまでの悪あがきを、ユーモラスかつ冷徹に描いていきます。
そしてキーワードになるのは"Undateable"。字幕では"非モテ"と訳されていますが、要するにデート相手として相応しくない属性を持つ人のこと。
たとえば片付けられない性格だとか、ヴァージニア・ウルフが好きだとか、人間的にダメとは言えないけど、相手の気持ちを萎えさせてしまう何かをフランシスは持ってるわけです。
フランシスの職業はダンサー。といっても実習生としてダンスカンパニーに所属しているだけで、正確にはプロではありません。大学時代の親友ソフィーと共同で借りた部屋で暮らしていて、自ら「熟年のレズビアンカップル」と揶揄するほど2人は仲良しですが、ソフィーが別の友人とトライベッカに部屋を借りることになり、フランシスは同居人と住居を同時に失ってしまいます。
仕事もない、アパートもない、もちろんお金もないフランシスですが、安定した生活を始める友人たちに焦りを感じながらも、夢を追いかけることだけを心の支えに、行き当たりばったりの生活を変えることはできません。
税の還付金が入ったからと年下の男友だちに食事をおごろうとしますが、クレジットカードが止められていて使えず、ATMまで爆走して転んで腕をすりむいたことをきっかけに、その男友だちがシェアしているアパートの空き部屋に転がり込むといった具合。
この爆走シーン(Youtube)で使われる音楽がデビッド・ボウイの「モダン・ラブ」で、言うまでもなくカラックス監督「汚れた血」(Youtube)へのオマージュなのですが、これがあまりにもフランシスにぴったりで、思わず一緒に駆け出したくなります。その後、エンドロール(映画のタイトルの由来が示され、タグラインの意味もはっきりわかります)でも同じ曲が使われますので、映画館を出てからしばらくこの曲が頭の中でリフレインすることになります。
フランシスを演じたのは、実生活で監督のパートナーでもあるグレタ・ガーウィグ(Greta Gerwig)。彼女と監督が共同で脚本を書いたということで、フランシスとソフィの口論のシーンなど、彼女の実体験に基づいているのではないかと思います。
他にそれほど有名な出演者はいませんが、友人のレヴを演じたアダム・ドライバー(Adam Driver)は「インサイド・ルーウィン・デイヴィス」で、主人公と一緒に"Please Mr. Kennedy"を録音するミュージシャン役だった人です。
モノクロ映像がロマンティックで、選曲もスタイリッシュですので、オシャレ系の映画に分類されてしまいそうですが、本質的にはセリフを楽しむ作品だと思います。愚痴と言い訳、虚勢と自己憐憫、さまざまな感情をないまぜに吐き出すフランシスの喋りをじっくり楽しんでください。
公式サイト
フランシス・ハ(Frances Ha)
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