以前は「ミラノ、愛に生きる」「胸騒ぎのシチリア」「君の名前で僕を呼んで」などイタリアの美しい風景を活かした作品を撮っていたルカ・グァダニーノ監督(Luca Guadagnino)ですが、本作は、ドイツを舞台にした前作「サスペリア」に続く国外で撮影したホラー映画です。
米国といえば、やはりロードムービーということになるのでしょう。タイトルクレジットは高圧線の鉄塔が並ぶ荒涼とした大地を描いた風景画。バージニア州で始まり、メリーランド州、オハイオ州、インディアナ州、ケンタッキー州、ミネソタ州、ミシガン州と、人喰いが旅していくこの物語を象徴する景色です。

時代は1988年。父フランクと二人暮らしの高校生マレンは、クラスメートからお泊まりパーティに誘われます。あまりクラスに馴染んでいない彼女に気遣って声をかけてくれたようです。夜になると家中の鍵を締め切ってしまう父の目を盗み、窓から抜け出して友だちの家に向かいます。

パーティに加わり、お喋りしているときに事件が起きます。ふいにマレンが友だちの指を咥え、食いちぎってしまったのです。血まみれで帰宅した彼女をみたフランクは、すぐさま荷物をまとめるように命じ、メリーランド州に引っ越します。
マレンの18歳の誕生日。フランクはマレンの出生証明書、カセットテープ、現金を残して立ち去ってしまいます。テープに録音されたメッセージによると、3歳のときにベビーシッターをかみ殺して以来、マレンはたびたび人喰い事件を起こし、そのたびに父娘で逃げてきた、しかしもう大人になったのだから自力で生きていって欲しいということです。
マレンは出生証明書を見て、小さい頃から会っていない母ジャネルの出身地であるミネソタ州に向かおうと決めます。
オハイオ州コロンバスのバスターミナルで仮眠をとろうとしていると、風変わりな老人が近づいてきます。彼いわく、同類はニオイでわかる、我々は仲間。ついて来るようにと誘い、死期が近い老婆の家に案内します。

翌朝目覚めると、その老人サリーが老婆の死体を貪り喰っています。一緒に老婆を喰った二人は少し打ち解け、口元の血が乾くまで寛ぎます。サリーはこの経験をいたく気に入ってしまうのですが、マレンは彼と関わることの危険性を察知し、すぐさま家を出て町から立ち去ります。
インディアナ州のスーパーで日用品の万引きをしていたマレンは、女性客に嫌がらせをしていた男を挑発する青年を見かけます。ピンときたマレンが後を追うと、彼はスーパーの裏の倉庫から出てきて、ヤツはあの中にいる、残りを喰っていいと言って立ち去ろうとします。直感通り、彼も人喰いの仲間だったのです。

その青年リーは犠牲者のピックアップを盗むと、マレンと一緒に犠牲者の住居だった家に隠れます。マレンは自分が母親を探して旅していることを打ち明け、リーがそれを手伝ってくれることになります。
リーの故郷であるケンタッキーに行き、彼の伯母の家で寝泊まりして、彼の妹ケイラと知り合います。彼女はリーの本当の姿を知りませんので、リーが家に居着かないことを咎め、リーはしばらくここで暮らすといいながら、やはり旅に出てしまいます。

そうして二人のロードトリップが始まるのですが、他の人喰いと出会って骨まですべて喰い尽くす(bones and all)快楽を教わり、マレンの祖母バーバラを見つけ出したことでマレンの出自が明らかになり、母ジャネルが入院しているファーガス・フォールズの精神病院に行き着きます。さまざまな人との巡り会いを通じてマレンの成長を描いていく物語です。

ベネチア映画祭でルカ・グァダニーノが銀獅子賞(最優秀監督賞)、マレン役のテイラー・ラッセル(Taylor Russell)が新人俳優賞を受賞している作品ですが、やはり見どころはリー役を演じたティモシー・シャラメ(Timothée Chalamet)でしょう。
「君の名前で僕を呼んで」の印象を薄めるためか、「レディ・バード」「ストーリー・オブ・マイライフ」「DUNE デューン」「ドント・ルック・アップ」と傾向の違う役に取り組んできた彼ですが、本作では美少年というだけではない、陰影を感じさせる演技を見せていたと思います。

テイラー・ラッセルを見たのは「WAVES ウェイブス」に続いて2本目。今後に期待といったところでしょうか。

もう一人の重要人物、サリーを演じたのは「ブリッジ・オブ・スパイ」のマーク・ライランス(Mark Rylance)。「ドント・ルック・アップ」では変人の起業家を演じていましたが、執着心が並外れて強い人物の役がぴったりです。

マレンの母親ジャネルを演じたのはクロエ・セヴィニー(Chloë Sevigny)。「デッド・ドント・ダイ」とは異なり、年相応の役どころです。その他の有名どころでは、父親フランク役で「ムーンライト」のアンドレ・ホランド(André Holland)、旅の途中で出会う人喰いジェイク役で「女神の見えざる手」「シェイプ・オブ・ウォーター」のマイケル・スタールバーグ(Michael Stuhlbarg)が出ています。

スプラッター映画とはいえ、生々しい映像はそれほど多くありません。撮影監督はジョージア出身のアルセニ・カチャトゥラン(Arseni Khachaturan)で、どちらかというと血みどろの場面より、荒野を撮った美しい映像の方が印象に残りました。

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ボーンズ アンド オール(Bones and All)
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