黒人でゲイというだけでも生きにくい世の中なのに、母親はドラッグ中毒の街娼、低所得者住宅育ちの貧困層という少年シャロンの成長を描いていくヒューマンドラマです。今年のアカデミー賞で作品賞に輝き、発表の際のドタバタを含めて話題になりました。
悲惨な設定とは裏腹に、淡々と描かれる物語を詩的な映像で見せていく映画です。監督は本作が長編2作目というバリー・ジェンキンス(Barry Jenkins)。
監督本人も語っているように、映像の構図からも、カエターノ・ヴェローゾ「ククルクク・パロマ(Cucurrucucú Paloma)」を選曲したあたりからも、ウォン・カーウァイ監督「ブエノスアイレス(Happy Together)」へのオマージュを感じます。「ククルクク・パロマ」はアルモドバル監督「トーク・トゥ・ハー」でも印象的に使われていましたので、映画好きなら自然とスタイリッシュな映像のイメージがわいてくると思います。
映画はシャロンの少年時代、青年時代、青年後を描いていく3部構成になっていて、それぞれ違う俳優が演じています。最初の一幕は、アレックス・ヒバート(Alex Hibbert)演じるシャロンで“リトル”と呼ばれています。いじめっ子に追われて廃屋に逃げ込み、それを見ていたドラッグディーラーのファンが声をかけたことで2人は知り合います。
このファンを演じたマハーシャラ・アリ(Mahershala Ali)は、「ハンガー・ゲーム」でジュリアン・ムーア演じる首相を補佐する大佐役だった人。「プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ」にもライアン・ゴズリングの元カノの同棲相手の役で出ていましたが、この「ムーンライト」でアカデミー助演男優賞を受賞しています。
リトルの母親、ナオミ・ハリス(Naomie Harris)演じるポーラはシングルマザーです。リトルはファンに対して次第に父親的な思いを抱いていくのですが、その端緒を開くのが、リトルの“What’s a faggot?”という質問。日本語に置き換えにくい言葉ですが、あえて訳せば“オカマ野郎ってどういう意味?”という感じでしょうか。
ファンは街のゴロツキですが、意外なことに、この場面で素晴らしい答え方をします。“a word used to make gay people feel bad(ゲイの人を不快にさせる言葉だ)”。そして“僕はfaggotなの?”と訊いたリトルに、“オマエは違う、ゲイかも知れないが、誰かにfaggotと呼ばせてはいけない”と諭します。
こうして信頼関係が醸成されていくのですが、次の名セリフがこの映画の名場面の一つ、2人で海に行くシーンで登場します。リトルに泳ぎを教えながら、ムーンライトの話をした後に、“At some point, you gotta decide for yourself who you’re going to be. Can’t let nobody make that decision for you”と続けるのです。自分の生き方は自分で決めろ、誰かに指図させるんじゃない、というわけですね。このようにして少年シャロンは、自分なりの生き方を見つけることの大切さを教わります。
第二幕ではティーンエイジャーになって登場するシャロン。演じたのは「ストレイト・アウタ・コンプトン」に端役で出ていたというアシュトン・サンダース(Ashton Sanders)です。
少年時代からのイジメが相変わらず続いていて、なかなか居場所を見つけられないシャロンですが、彼を“ブラック”という勝手につけた愛称で呼ぶ同級生ケヴィンには心惹かれるものを感じています。ある晩、ビーチでケヴィンと出会い、ムーンライトの下でロマンティックな時間を過ごします。
しかしその翌日、クラスメイトにけしかけられたケヴィンがシャロンを殴り、イジメの中心となっていた生徒をシャロンが叩きのめしたことで、シャロンは少年院送りになってしまい、2人は別々の人生を歩み始めます。
その数年後、大人になったシャロンは、ファンと同じドラッグディーラーになっています。身体も鍛え上げていて、もう気弱な少年の面影はありません。演じているのもテキサス大学で短距離選手だったというトレヴァンテ・ローズ(Trevante Rhodes)です。
そんな彼のもとに、雇われシェフとしてダイナーで働くケヴィンから電話がかかってきます。すべてを忘れ去ろうとしていたシャロンは、動揺しながらも思いが蘇り、といった感じでエンディングに向かっていくのですが、「ブエノスアイレス」を思わせる映像があったり、ジュークボックスを効果的に使ったり、クライマックスらしい作りの第三幕となっています。
アカデミー作品賞に選ばれただけあって、しっかりと作り込まれた作品です。テーマも時代性を反映した立派なものだと思います。ただ、良い映画を作ろうという思いが強すぎて、観ている側がちょっとしんどくなってしまう映画でもあります。感動的な作品なのに涙腺がゆるむ感じではありません。否定するわけではないのですが、個人的には、この監督の作品を見続けるかどうか次作を観てから判断しようと思いました。
[仕入れ担当]