米国の伝説的ヒップホップグループNWAの結成から分裂までを、そのリーダーだったイージー・イー(Eazy-E)の半生を軸に描いた映画です。1980年代半ばから1990年代半ばまでの約10年間を、ドクター・ドレー(Dr. Dre)やアイス・キューブ(Ice Cube)といったラッパー仲間との関係や、彼らを世に送り出した社会状況などを織り交ぜながら見せてくれます。
最初に言ってしまうと、とても良い映画です。わたし自身、ヒップホップにはあまり関心がなくて、特に彼らが活躍していた頃は英国系に傾倒していましたので(デヴィッド・ボウイのコンサートとか行ってました)、NWAのアルバムは1枚も持ってないのですが、映画を観ているうちに共感が深まり、約2時間30分の長さが短く感じるほど堪能しました。ヒップホップに興味がないからと敬遠してしまうのはもったいないと思います。
映画の題名でありNWAのヒットアルバムのタイトルでもある“Straight Outta Compton”を直訳すると“コンプトン直送”という感じでしょうか。コンプトンというのはロサンゼルスの南に位置する街の名前。住民の大多数が黒人とヒスパニックで、貧困率が高く、米国でも最も犯罪率が高い都市の一つです。
バイクをウィリーさせて爆走していく人たちが映画に出てきますが、この垂直に立ち上がらせた状態を時計の12時(12 o’clock)になぞらえ、彼らを12オクロックボーイズと呼ぶそうです。映画「クリード」にも登場したように、治安の悪いエリアの象徴です。
NWA(Niggaz Wit’ Attitudes:主張するニガー)はそんな街の暴力に彩られた世界を歌ってギャングスタ・ラップと呼ばれる分野を築いたグループで、その中心になったイージー・イーやドクター・ドレーはコンプトン育ちのラッパーたちです。
イージー・イーことエリック・リン・ライト(Eric Lynn Wright)は、元ドラッグディーラーで、それなりにうまくいっていたようですが、そういう生活も長くは続けられないと思っていたようです。映画の幕開けは、イージー・イーがドラッグの代金回収に行き、トラブルに巻き込まれるシーン。その直後、警察に家を包囲されるのですが、いきなり警察が装甲車で窓や壁を破壊し始めるのには驚きます。つまり犯罪者の命など二の次、三の次。イージー・イーが「ドラッグディーラーの最後は捕まるか殺されるかだ」と言いますが、そういう状況が一瞬にしてわかるオープニングです。
そんな彼がクラブDJをしていたドクター・ドレーと組んでミュージック・ビジネスに打って出ます。マネージャーになったのがユダヤ系のジェリー・ヘラー(Jerry Heller)。演じているのは「ラブ&マーシー」でブライアン・ウィルソンをプロデュースしようとするユージン・ランディを演じていたポール・ジアマッティ(Paul Giamatti)。本作では最初からプロデューサー役ですが、どことなく怪しげな雰囲気で、最終的には杜撰な資金管理が露呈してトラブルになります。
本作の製作には、ジェリー・ヘラーを毛嫌いしていたドクター・ドレーとアイス・キューブが加わっている関係もあって、けっこう酷い描かれ方をしているわけですが、ちょっと調べてみたらまだ彼はご存命の様子。これで大丈夫なのかと思ったら、やっぱりというか、訴訟を起こしているようです。1億1000万ドルの損害賠償と報道されていますから、なんと130億円! 既に75歳になるというのに、相変わらずおカネがお好きなんですね。
そんなわけで、イージー・イーが連れてきたジェリー・ヘラーをマネージャーにして、ドクター・ドレーや、まだ学生だったアイス・キューブを巻き込んでNWAを立ち上げます。
アイス・キューブが書く直截な歌詞が当時の多くの人々を熱狂させた反面、警察批判など反体制スタイルがさまざまな波紋を呼びます。特に“Fuck tha Police”がリリースされた後は、FBIから脅迫めいた書面が届くほどで、中でも酷かったのが1989年にデトロイトのJoe Louis Arenaで行われたコンサート。開場前に警察が訪れ「Fuck tha Policeを演奏しないように」と警告するほど、警察との関係が悪化します。映画では警察が会場に踏み込みますが、実際はコンサート終了後にホテルで軟禁されたそうで、それでも「たかが歌の内容で」と日本人なら思うところでしょう。
映画として観ると、やはりイージー・イーを演じたジェイソン・ミッチェル(Jason Mitchell)の人懐っこい表情が効いていると思います。人望がある不良というのでしょうか。いろいろ問題があっても人が集まってくる感じがすごくよく伝わります。
またアイス・キューブを演じたオシェイ・ジャクソンJr.(O’Shea Jackson Jr.)が、アイス・キューブそっくりでびっくりしたのですが、それもそのはず、実の息子なんですね。映画でも描かれている通り、アイス・キューブの両親は結構まともな人で、二人で働いて息子のアイス・キューブを大学に入れたりしているのですが、その息子がお父さん製作の映画でお父さんのものまねというのは・・・。やっぱりおカネがあると、そうなっちゃうんですかね。
そしてドクター・ドレーを演じたのはコーリー・ホーキンズ(Corey Hawkins)。表情だけで演技ができる、才能ありそうな役者さんです。これからどんどん出てきそうな予感がします。
公式サイト
ストレイト・アウタ・コンプトン(Straight Outta Compton)
[仕入れ担当]