オランピアード(Olympiades)はメトロ14号線のターミナル駅ですので、地下鉄の行先表示で目にする機会も多いかと思いますが、レ・ゾランピアード(Les Olympiades)はその駅名の由来になった住宅団地です。メトロの出口があるトルビアック通りから階段を上がった人工地盤の上に街区が形成されていて、低層部に庶民的な店舗が入った高層住宅の間を抜けてイブリー通り側に降りると、その先にはショワジーのトライアングル(Le triangle de Choisy)と呼ばれる中華街が広がるアジア系の多いエリアです。
そんな13区ですから観光客はあまり足を向けないかも知れませんが、オムニバス映画「パリ、ジュテーム」の一編もこの団地の広場で撮られていますし、モナドのブログでも仕入れの際に訪れたレ・ゾランピアード下の中華系スーパー陳氏商場(こちら)やコルヴィサール駅そばのバスク料理屋(こちら)をご紹介しているように、それほど特別な場所ではありません。
この映画はそのレ・ゾランピアードの団地に住む中華系女性エミリーを起点に、彼女のルームメイトとして一時的に同居することになるアフリカ系男性カミーユ、彼の同僚になる白人女性ノラが繋がっていく物語。ざっくりいえば三角関係ですが、フランス映画らしい理屈っぽい恋愛模様が描かれていきます。

監督は「預言者」「君と歩く世界」「ディーパンの闘い」「ゴールデン・リバー」のジャック・オーディアール(Jacques Audiard)。しかし脚本に「燃ゆる女の肖像」の監督セリーヌ・シアマ(Céline Sciamma,)と「アヴァ」の監督レア・ミシウス(Léa Mysius)が参加している関係か、オーディアール作品にみられる身体性や暴力性より、性愛の描写が前面に出ている印象です。

ほぼモノクロ映像で撮られているせいか、13区の庶民的な街並みがスタイリッシュに見えます。それに加えて使われている音楽が洒落ていて、オープニングタイトルの曲(Youtube)を聴いてMobyかと思って調べてみたら、全曲Rone(spotify)というフランスのミュージシャンが手がけたそう。映像と音楽が醸し出す洗練された雰囲気と、出演者のリアリティある等身大キャラクターが相まって、まさにフランス映画という仕上がりになっています。
インパクトある導入部分から画面の四隅に文字が現れる気取ったタイトルバックに切り替わり、エミリーが暮らす団地の部屋にカミーユが訪ねてくる場面で物語が始まります。その部屋は元々エミリーの祖母の持ち物で、介護施設に入った祖母のかわりに彼女が暮らすようになったようです。

携帯電話会社のコールセンターでオペレータをしながら、空きスペースで副収入を得ようとルームメイトを募集したところ、カミーユから申し込みがあり、名前から女性と勘違いして承諾してしまったことがわかります。
カミーユはイヴリーのフェルナン・レジェ高校(lycée Fernand Léger, Ivry)で国語教師をしていましたが、上級資格を取得するため大学に通うことにしたようです。13区の北側から5区のカルチェ・ラタンにかけては大学の多いエリアですし、13区の南側を走る環状道路を越えた先がイブリーですから、レ・ゾランピアードはとても便利な立地なのです。

一旦は男性と知って追い返そうとしたエミリーですが、気が変わってルームメイトとして受け入れ、すぐに男女の関係になります。しかし、カミーユに惹かれていくエミリーに対し、君は好みではないと言い放つカミーユ。その態度に業を煮やしたエミリーは、関係を解消して純粋なルームメイトとして接すると宣言します。

その提案を快く受け入れるカミーユと、気持ちの整理ができないエミリー。
ある日、友だちが訪ねてくるとカミーユから言われ、時間つぶしのパーティに出かけたエミリーが帰宅すると、キッチンに裸の女性が……。彼女はカミーユの同僚だったステファニーで、どうやら以前から関係が続いているようです。

一時的にせよ、関係のあった相手の部屋に他の女を連れ込むのは許せないと憤るエミリー。数日後、カミーユの留守中に部屋にいたステファニーに嫌みを言ったことがきっかけになり、カミーユは家賃を清算して出て行くことになります。
ここまでがエミリーとカミーユの話で、続いてノラの話に切り替わります。
彼女は大学を出てから、叔父が経営する不動産屋で働いていた33歳の女性。パリ第一大学(パンテオン・ソルボンヌ)の法学部で学び直すためパリに出てきたようです。彼女が住むことになるのは13区の東端、ミッテラン図書館裏手のアパートで、窓からセーヌ川を眺めて地元ボルドーを離れた開放感に浸ってます。

明るい未来が拓けていくと思ったのも束の間、若いクラスメイトたちと打ち解けようと、学生たちのパーティに気張って出かけたことが仇になります。ブロンドのウィッグをつけてばっちり化粧したノラの外見がカムガールのアンバー・スウィートに酷似していたのです。

カムガールというのはビデオチャットを通じてエロティックなサービスを提供する女性のことで、その少し前に男子学生たちが誕生パーティの余興で彼女の番組にアクセスしていました。学生たちはノラのことをアンバー・スウィートだと思い込み、彼らに揶揄されることに耐えられなくなったノラは、結局、退学してしまいます。

ノラは長年にわたって叔父と関係を持っていたようで、それもあってボルドーに帰るわけにいかず、パリで仕事を見つけることになります。そこで応募したのがカミーユの親類が経営する不動産屋で、一時的に任されたカミーユが求人を出したようです。不動産業が素人のカミーユと10年のキャリアを持つノラの組み合わせがうまくはまって仕事がまわりはじめ、当初は線引きをしていた二人の関係も変化していきます。

ノラは叔父のせいか性的に不安定で、そのことをカミーユがエミリーに相談して13区内の3人が繋がっていくのですが、ノラは好奇心でアクセスしてみたアンバー・スウィーとビデオチャットを通じて関係を深め、エミリーはマッチングアプリを駆使して性的なリアルを求め続けているのに対し、カミーユは相変わらず煮え切らないままです。

こうして心と体のバランスがうまくとれない3人に、画面の向こうのアンバー・スウィートを加えた流動的な人間模様が描かれていくことになります。監督はエリック・ロメール「モード家の一夜」にインスパイアされたと語っていましたが、優柔不断な男性を触媒にして物語が進む構造が似ているかも知れません。人工的な街で繰り広げられる生々しく人間的な言い合いも、フランス映画らしいエンディングも良い感じでした。

エミリー役のルーシー・チャン(Lucie Zhang)は長編映画初出演とは思えない熱演でしたが、おかげでセザール賞やリュミエール賞の新人賞にノミネートされました。ちなみに彼女はパリ13区で生まれ育ち、その後、親が中華料理店を開業して16区に引っ越したとのこと。いきなり高級住宅地にジャンプアップですね。2000年10月生まれで現在はドーフィン大学の学生だそうですからきっと成績も優秀なのでしょう。今後が楽しみな女優さんです。

カミーユ役のマキタ・サンバ(Makita Samba)もパリ出身で、舞台俳優でスタートして今はTVドラマや短編映画で活躍しているようです。ノラ役は「燃ゆる女の肖像」のノエミ・メルラン(Noémie Merlant)で、彼女もパリ出身ですが育ちはナント近郊とのこと。実家が不動産業だそうで、フランス南西部出身というあたりも含めて役柄の設定に近い感じです。

そしてアンバー・スウィートを演じたジェニー・ベス(Jehnny Beth)。ポアティエ出身のミュージシャンだそうで、英国のポストパンク・バンド、サヴェージズ(Savages)のヴォーカルとして活躍中とのこと。アレックス・ガーランド監督の映画「エクス・マキナ」に楽曲を提供したようです。
公式サイト
パリ13区(Paris, 13th District)
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