映画「ディーパンの闘い(Dheepan)」

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去年のカンヌ映画祭のパルムドール受賞作です。審査委員長のコーエン兄弟、審査員のギレルモ・デル・トロ、グザヴィエ・ドラン、ジェイク・ギレンホールらが、「キャロル」「黒衣の刺客」といった本命を押しのけ、満場一致で本作を選んだことで話題になりました。ちなみに、次点のグランプリには「サウルの息子」が選ばれています。

話題になった理由の一つは、ジャック・オディアール(Jacques Audiard)監督にパルムドールを与えるのなら、この作品ではないのではないかということ。確かに「リード・マイ・リップス」や「真夜中のピアニスト」、グランプリ受賞作の「預言者」、そしてマリオン・コティヤールの渾身の演技が記憶に新しい「君と歩く世界」と、これまで素晴らしい作品を撮り続けてきた監督の代表作と言ってよいのか、という批評家の意見も理解できなくもありません。

また本作のエンディング。スリランカの内戦、パリ近郊での抗争といった地獄をくぐり抜けてきた主人公が、ある種のユートピアに行き着くというものですが、これを現実だと解釈するか、主人公の見果てぬ夢と考えるかによって、受け取りかたに大きな差が生じると思います。実際、時間内に収めるための安易なエンディングだといった批評(Variety)もありました。

そういったさまざまな意見があるという前提で観るべき作品ですが、移民問題に揺れる欧州のリアルという面で、ある種の時代性を捕らえていくことに間違いないと思います。

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まず映画のオープニング。とてもスタイリッシュなタイトルバックに続いて、積み上げれらた薪で火葬されている子どもが映ります。この子どもの父親が主人公のディーパン。スリランカに暮らすタミル人として、多数派を占めるシンハラ族の政権に抵抗運動を続けてきたタミル・タイガー(LTTE)の戦士です。

妻と二人の子どもを失い、闘い続ける意欲を失ってしまったディーパン。この地を捨て、他人のパスポートを使って国外に安住の地を見つけようとします。その他人のパスポートというのが夫婦と一人娘の家族だったことから、ヤリニという女性に偽の妻になってもらい、彼女が見つけてきた孤児イラヤルと3人家族を装ってフランスに渡ります。そこで難民申請をして郊外の団地管理人として職を得るディーパン。

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ご存じの方も多いかと思いますが、パリ近郊の公営団地というのはなかなか危険な場所です。ディーパン一家が暮らすことになる団地も、麻薬の密売組織が仕切っていて、一種の治外法権になっています。イラヤルが通うことになる学校も、外国人向けの語学クラスが大盛況。それだけ移民が多く、裏稼業に関わる人が多いということです。

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物語の舞台となる Le Pré のロケ地はポワシー駅そばの団地だそうで、ファッションウィーク等でパリの中心にしか行かないという方も、RER A線で西に向かったエリアといえば何となく雰囲気がわかると思います。

そんな地域でも、ゲリラ戦に明け暮れ、家族を皆殺しにされたディーパンたちにとっては、まだマシだということでしょう。言葉の問題を抱え、偽装家族という秘密を抱えながら、懸命に生きていこうとします。もともと偽の家族でしたが、お互いに対する感情、一体感にも変化が現れてきます。

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しかし、密売組織の抗争が始まったことで、ディーパンにスリランカ時代の記憶が蘇ってきます。団地の棟の間に白線を引き、発砲禁止地域(No Fire Zone)を宣言しますが、もちろん密売組織はそんな言葉に耳を傾けたりしません。抗争から逃れるため、親戚が暮らす英国に一人で渡ろうとしたヤリニを引き留めたことで、家族のために闘うディーパンに戻っていくのです。

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タミル人はヒンズー教徒、対するシンハラ族は仏教徒で、スリランカの問題は宗教対立という文脈で語られることも多いのですが、ディーパンはあまり宗教に関心がないようで、ヤリニと一緒にヒンズー寺院に行ってもどこか上の空です。つまり、彼のゲリラ戦士としての闘いは、信仰というより家族を守るためのもので、そういう意味で、密売組織からヤリニとイラヤルを守るために団地で闘うことはスリランカの延長上にあるわけです。このあたりに民族扮装のリアルを感じます。

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本作の脚本を書いたのは「エール!」「SAINT LAURENT/サンローラン」の脚本家トマ・ビデガン(Thomas Bidegain)。ベルトラン・ボネロ監督が描いたサンローランが、他のサンローラン映画と異なるところはサンローランの出身地オランの扱い方だとブログでも書きましたが、その脚本家と「預言者」の監督が組んだわけですから、彼らの根底にある方向性は共通していると思います。

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そして主演のディーパンを演じたのが、実際に10代後半をLTTEの戦士として過ごしたというアントニーターサン・ジェスターサン(Jesuthasan Antonythasan)。現在はフランスで作家活動をしているそうですが、その視線には独特の凄みがあります。

公式サイト
ディーパンの闘いDheepan

[仕入れ担当]