映画「黒衣の刺客(The Assassin)」

00 久しぶりにこの監督の映画を観ましたが、ホウ・シャオシェン(侯孝賢)の作風ってこうだったなぁと思い出しました。淡々とした流れと卓越した映像感覚。良くいえば通好み、悪くいえばわかりにくい作品です。もちろん専門家ウケは良くて、今年のカンヌ映画祭では監督賞を獲っています。

撮影は、四半世紀前からホウ・シャオシェン作品を撮り続け、ウォン・カーウァイ、トラン・アン・ユンといった名匠たちとも仕事をしているリー・ピンビン(李屏賓)。この二人が組んでいるのですから映像が素晴らしいのは当然ですが、今回は撮影期間5年、35mmフィルムを44万フィート(約80時間分)費やしたと監督も言うように、いつもに増して力が入っているようです。

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それは、映画が始まった瞬間に感じます。風にたゆたう絢爛な布と炎が揺らぐ数多のろうそく、野の草が波打ち、山間を雲が流れ、この映像を撮るためにどれだけの時間を要したのか、想像しただけで気が遠くなりそうなシーンの連続です。

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物語のベースになっているのは唐代の作家、裴鉶が書いた武侠小説「聶隱娘」だそう。主人公の生い立ちや、専制君主の暗殺を命じられることなど、核となる部分を活かして映画化したようですので、この話を知っている人なら良いのでしょうが、知らない人にはストーリーが茫洋として掴み所のない映画です。劇場に行く前に、公式サイトの人物相関図*などをご覧になった方が良いと思います。

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ひと言で梗概を書けば、女性の道士に預けられていた聶隱娘が刺客になって帰ってきますが、どうしても殺すべき相手を殺せないというお話。

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殺すべき相手というのは地域の実力者である田季安で、その昔、聶隱娘の許嫁だった男。田季安の亡くなった養母は道士と双子というややこしい設定です。

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聶隱娘の父である聶鋒と、母の兄である田興は共に田季安の家来で、権力闘争の渦中にいるのですが、それに田季安の妾に対する正妻の陰謀などが交錯して物語が展開していきます。

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話の半ばで聶隱娘が怪我をします。その彼女を治療をする青年は、遣唐使船でやってきた日本人の鏡磨き。

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最終的に鏡磨きの青年の元に聶隱娘が戻ってきて、彼を新羅まで送っていくことになるのですが、この鏡磨きの青年を演じたのが妻夫木聰。日本公開版のみだそうですが、彼が日本に残してきた妻の役で忽那汐里がちらっと登場し、彼女の役柄がわかりにくいこともあって、さらに観客を混乱させます。

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主人公の聶隱娘を演じたのはホウ・シャオシェン作品の常連、スーチー(舒淇)。監督いわく「悲情城市」のシン・シューフェン(辛樹芬)の後を継ぐ、彼の“心の女優”だそうです。単なる美人でない、クセのある風貌が魅力なのでしょうね。

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田季安を演じたチャン・チェン(張震)は、ウォン・カーウァイ監督「ブエノスアイレス」や「愛の神、エロス:エロスの純愛〜若き仕立屋の恋」の演技が印象的だった美形の男優。ホウ・シャオシェン作品としては、「百年恋歌」でもスー・チーと共演しているそうです。

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ということで、非常にホウ・シャオシェンらしい映画です。ジャンルとしては武侠映画なのでしょうが、ワイヤーアクションもなければ、血しぶきも飛びません。ほとんど語りもなく、ひたすら静かに物語が進んでいきます。風情とか、情緒とか、そういった淡い感覚をじっくり楽しむ作品だと思います。

公式サイト
黒衣の刺客刺客聶隱娘

[仕入れ担当]