アレックス・ガーランド(Alex Garland)の監督デビュー作です。
元々は、バックパッカーとして過ごしたフィリピンから着想を得て書いた小説「ザ・ビーチ」が、ハリウッド進出を果たしたばかりのダニー・ボイル監督の手で「タイタニック」直後のディカプリオを主演に迎えて映画化(舞台はタイのピピ島)されて大注目を集めた作家ですが、このところ「わたしを離さないで」の脚本・プロデュースなど映画界での活躍が目立っていましたので、いよいよ本丸、といった感じでしょうか。プロデューサーは「ザ・ビーチ」以来の付き合いのアンドリュー・マクドナルド(Andrew Macdonald)。
小説でも脚本でも独特の世界観を示してきた作家ですが、本作でも一味違ったSFスリラーを楽しませてくれます。また、細かい部分にこだわった作りも健在です。たとえば題名を古代ギリシア演劇に由来するデウス・エクス・マキナ(Deus ex machina)に絡めながら、最終的にはさらにひねりを加えたどんでん返しを用意しているといった具合。Deus ex machinaという語はコンピューターのフォルダ名でも念押し的に登場しますし、廊下には劇場風に仮面が並べられていたりします。
物語の始まりはIT企業Blue Book社のオフィス。その中軸事業であるサーチエンジンのプログラムを13歳で書いたという伝説の創業者、ネイサンの自宅に抽選で招待されるという企画に、26歳の真面目な技術者ケイレブが当選して喜ぶシーンでスタートします。ここで同僚が何人か登場しますが、以降はヘリコプターの操縦士の他、ケイレブとネイサンと2体のロボットしか登場しない展開になります。つまりこの場面が唯一の社会との接点。ちなみにロケ地はブルームバーグのロンドンオフィスだそう。聞くところでは東京オフィスもすごくかっこいいそうですね。
草むらに着陸したヘリコプターから下ろされたケイレブは、川沿いに行った先にネイサンの自宅があるがここから先は本人しか行けないので自分で探すようにと言われます。当然のように携帯電話も通じません。茂った木々の間を抜けていくと、ガラス張りのウッドハウスが見えてきて、それが目的地だとわかります。このロケで使われた建物は、ノルウェーのヴァルダールにあるユーヴェ・ランドスケープ・ホテル(Juvet Landscape Hotel)だそうで、設計したJensen & Skodvin Architectsのサイト(こちら)がなかなか興味深くて、しばらく他の作品に見入ってしまいました。
それはされおき、建物の中に入ってネイサンと会ったケイレブ。窓のない部屋に案内され、ここは単なる住居ではなく実験施設だと言われます。そして非常に厳しいNDAにサインさせられ、これから行う実験がA.I.のチューリングテストだと知らされます。つまり、ネイサンが開発した人工知能が人間らしくみえるか、ケイレブに判定して欲しいという話です。
その人工知能を搭載しているのが女性型ロボットのエヴァ。最初はありきたりな質問から始めるケイレブですが、彼の言葉尻を捉えるなど、エヴァにはユーモアの感覚も備わっていることに気付きます。そして突然、建物全体が停電し、監視カメラなどが停止した状態で、エヴァから「ネイサンを信じてはいけない」と告げられます。
その行動が、エヴァの自発的なものなのか、予めネイサンにプログラムされたものなのか、混乱するケイレブ。もしプログラムされたものなら、ケイレブが試されているわけで、ネイサンの目的を考え始めるとさらに混乱します。そんなケイレブの内面を知って知らずか、ますます人間的な感情のようなものを示すエヴァ。それに惹かれていく自分に気付いて混乱が深まるケイレブ。
ネイサンは部屋に飾られたジャクソン・ポロックの作品を前に、ケイレブに説明します。ポロックはアタマを空っぽにして、意図的でもランダムでもなく描いた、もし彼が、なぜ描くか理解できるまで描けなければ、彼は何も残せなかっただろう。難しいのは自動的に行動することではなく、自動的ではない行動の方なんだ。エヴァは君に好意を抱いているフリをしているのではないし、彼女の誘惑はアルゴリズムに組み込まれていない。
ちなみに(ちなみに、が多くなる映画です)彼らが前にしていたのは"No. 5, 1948"という作品で、2006年にメキシコ人の投資家デヴィッド・マルチネス(David Martinez)が1億4000万ドルで購入したことで話題になったもの。上に記した説明で絵画が重要な役割を果たしますが、同時にネイサンの財力の象徴でもあるのです。
さらにいえば、そのそばに飾られていたクリムトの絵画は"マルガレーテ・ストーンボロー=ウィトゲンシュタインの肖像(A portrait of Margaret Stonborough-Wittgenstein)"で、モデルの女性は哲学者ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインのお姉さんです。これはネイサンの社名が、ウィトゲンシュタインの講義を書き留めたノート「青色本(Blue Book)」に由来するもので、言語ゲームの概念が意識されていることを示唆しています。
話を戻すと、エヴァの行動はネイサンが設定したものではない、ということなのですが、エヴァの外見はそうではありません。字幕では「理想の女性」と曖昧に訳されていますが、会話では"Did you design Ava’s face based on my pornography profile?"と言っていますので、ケイレブのポルノサイト閲覧歴を参考にして顔を作ったということです。要するにケイレブの欲望を煽り、それに対するエヴァの反応も試しているわけですね。
そうなってくると、果たしてどこまでが仕組まれたものなのか、ケイレブのみならず観客にもわからなくなってきます。そうして立ち位置が曖昧なままチューリングテストが進んでいき、意外というか、当然というか、興味深い結末を迎えます。
ケイレブを演じたのはドーナル・グリーソン(Domhnall Gleeson)。「レヴェナント」でヘンリー隊長を演じていた人ですが、来月公開の「ブルックリン」でも重要な役を演じている売り出し中の俳優さんです。
対するネイサンを演じたオスカー・アイザック(Oscar Isaac)、代表作としては「インサイド・ルーウィン・デイヴィス」が挙がるでしょうが、「ドライヴ」や「ギリシャに消えた嘘」でも印象に残る演技をしていました。
そしてエヴァを演じたのは「リリーのすべて」のオスカー女優、スウェーデン出身のアリシア・ヴィキャンデル(Alicia Vikander)。シリーズ化されそうな「コードネーム U.N.C.L.E.」でヒロインを務める他、公開中の「二ツ星の料理人」にも出てますね。彼女も、もう一体の女性型ロボット、キョウコを演じたソノヤ・ミズノ(Sonoya Mizuno)も、元々バレエをしていたということで、二人の美しい姿態も見どころの一つになっています。
公式サイト
エクス・マキナ(Ex Machina)
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