アカデミー賞7回ノミネートのうち1回受賞のケイト・ウィンスレット(Kate Winslet)と4回ノミネートのシアーシャ・ローナン(Saoirse Ronan)という演技派が初共演した話題作です。監督は「ゴッズ・オウン・カントリー」のフランシス・リー(Francis Lee)で、19世紀初頭の英国ドーセット州西部の町、ライム・レジス(Lyme Regis)の海岸を舞台に熱くも静かな愛の物語が繰り広げられます。
上流階級に生まれた女性は結婚して男性の庇護下で暮らすしか選択肢がなかったこの時代、労働者階級に生まれた女性は自立して生きる道があったという点で、わずかながら自由だったといえるのかも知れません。本作は昨年公開のフランス映画「燃ゆる女の肖像」と似た設定で、階級の異なる二人の女性が惹かれあい、二人だけの世界を築いていくというお話です。美しい映像でみせていくという作りも似ていて、「燃ゆる…」のクレア・マトンに対し、本作では「君と歩く世界」「エル ELLE」の実力派、ステファーヌ・フォンテーヌ(Stéphane Fontaine)が撮影監督を務めています。

違うのが男性の存在で、本作は一方が既婚者であることからその夫の意志が物語を動かします。ほとんど男性が登場しない「燃ゆる…」も、そもそもは婚約の準備で出会うわけですから、男性との関係性が物語の発端になっているわけですが、それを顕在化させ、意識させるか否かという点で印象を異にしていると思います。

ケイト・ウィンスレットが演じた主人公のメアリー・アニング(Mary Anning)は実在の人物で、10代のはじめにイクチオサウルスの全身化石を世界で初めて発掘して以来、プレシオサウルス、ディモルフォドンなどの化石を発掘し、英国の古生物学会では知られた存在だったようです。しかし、女性が前面に出ることは時代が許さず、彼女が見つけた化石が大英博物館に収蔵された際も、発見者の名前ではなく、それを寄贈した男性貴族の名前が記されたそうです。
そのような時代にもかかわらず、貴重な発見で功績を残したメアリーですが、知られているのは成果物だけで私生活の細かい部分ははっきりしていません。それを逆手にとって英国の片田舎で化石を掘り続けるストイックな女性というイメージを起点にし、化石を掘り起こして隠されていた真実を見つけ出すという行為をメタファーにして、この映画のストーリーが創造されています。

メアリーと惹かれ合う女性、シアーシャ・ローナンが演じたシャーロット・マーチソン(Charlotte Murchison)も実在の人物で、夫であるロデリック・マーチソン(Roderick Murchison)と共にライム・レジスを訪れたことや、メアリーから化石発掘のノウハウを伝えられたことも史実のようです。ただし同性愛者だった根拠はなく、二人の関係も映画とは違ったものだった可能性が高いようです。

映画は、メアリーが干潮時の浜辺で化石を探している場面からスタート。彼女はアンモナイトなどの化石を採掘し、病気がちの母親モリーと営む土産店で販売して生計を立てています。その店を訪れたロデリックが、彼女の化石を買い、妻シャーロットのガイドツアーを頼みます。自分が欧州旅行に出かけている間、鬱病気味のシャーロットをこの町に置いていくので、化石探しに連れていって欲しいという依頼です。

当初は渋々つきあう感じでしたが、シャーロットが冷たい海に入ったことで風邪をひき、それを看病したことで二人の心の距離が縮まっていきます。そして自立した女性であるメアリーと、世間知らずでうぶなシャーロットの関係が始まるのですが、躊躇なく行動に移すのは不自然だと監督は考えたのか、メアリーはそれ以前に、近所に住むインテリのエリザベス・フィルポット(Elizabeth Philpott)と関係があったことを仄めかします。

実は彼女も実在の人物で、1805年に妹のルイーズと共にロンドンからライム・レジスに引っ越してきて、化石の採集や、自家製の鎮静用軟膏の販売をしていたようです。彼女は1780年生まれ、メアリーは1799年生まれですから、およそ20歳の年齢差がありますが、化石を通じて親しくなり、メアリーに専門書を読み聞かせたりしていたそうです。彼女が同性愛者だったという根拠はありませんが、メアリーが彼女に教えられ、影響を受けたという点を拡大解釈したのでしょう。
ついでながらシャーロットの生年も記しておくと、彼女は1788年生まれで、メアリーより11歳年上です。シアーシャ・ローナンはケイト・ウィンスレットより19歳年下ですので、映画ではシャーロットがメアリーに導かれる展開にしたのだと思いますが、もし実際の二人が惹かれ合ったとしても映画のような感じにはならなかったでしょう。この記事によると、シアーシャ・ローナンが演じたキャラクターには、1824年にライム・レジスを訪れ、メアリーの10歳年下の友人となったフランシス・ベル(Frances Augusta Bell)のイメージが含まれているようです。

もちろんメアリーが同性愛者だったという根拠もありません。1981年に製作された「フランス軍中尉の女」でメリル・ストリープが演じた女性はメアリー・アニングがモデルだと言われていますが、同作では自らを偽って男を翻弄する女性として描かれています。ちなみに同作の舞台となったスリーカップ(Three Cups Hotel)は、この「アンモナイトの目覚め」でもマーチソン夫妻の宿泊先として不機嫌な食事をする場面などで使われていますので、何らかの参考にした可能性がありそうです。
ということで、生涯独身のまま化石の採集に情熱を傾けたというメアリーの謎めいたイメージは創作に使いやすいのでしょう。本作ではその人物像を活かした上で、重要な業績を上げながら女性であるために評価を得られなかったという時代性、自立とは対極にある上流階級の女性とのコントラストを織り込んで英国映画らしい作品に仕上げています。

もちろん本作の最大の見どころはケイト・ウィンスレットとシアーシャ・ローナンの熱演です。ケイト・ウィンスレットの巧さは言わずもがなですが、シアーシャ・ローナンも「ブルックリン」「レディ・バード」「追想」「ふたりの女王」「ストーリー・オブ・マイライフ」と見る度にレベルアップしていると思いました。

その他の出演者も芸達者揃いで、メアリーの母親モリー役で最近「ロケットマン」で見たベテランのジェマ・ジョーンズ(Gemma Jones)、エリザベス・フィルポット役で「コレット」の名優フィオナ・ショウ(Fiona Shaw)、シャーロットの夫ロデリック役で「ふたりの女王」のジェームズ・マッカードル(James McArdle)が出ています。

公式サイト
アンモナイトの目覚め(Ammonite)
[仕入れ担当]