映画「エル ELLE」

00 去年のカンヌ映画祭で絶賛され、主演のイザベル・ユペール(Isabelle Huppert)がフランス語作品にもかかわらず今年のアカデミー主演女優賞にノミネートされて話題になった作品です。共に受賞には至りませんでしたが、セザール賞ではポール・バーホーベン(Paul Verhoeven)監督が作品賞、イザベル・ユペールが主演女優賞を獲った他、ゴールデングローブ賞でも外国語映画賞や主演女優賞を獲得しています。

ポール・バーホーベンは「氷の微笑」の監督、原作を書いたフィリップ・ディジャン(Philippe Djian)は「ベティ・ブルー」の作者ですから、ありきたりな作品になるはずないのですが、イザベル・ユペールが主演したことで、より作品の個性が強まったのではないでしょうか。ストーリー展開も登場人物の性格もすべて異常なのに、まったく違和感なく受け入れられてしまう不思議な作品です。

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物語は、裕福そうな女性が、自宅に押し入ってきた目出し帽の男性からレイプされる場面でスタート。しかしその直後、何もなかったかのように割れた食器の片付けを始めます。それがイザベル・ユペール演じるミシェル。この不思議な女性に対する興味で1時間半の物語を引っ張っていくのですが、それができるのは、やはりイザベル・ユペールだからこそでしょう。本作の企画段階で何人もの大物ハリウッド女優が候補に挙げられていたようですが、その誰が演じても、ここまで説得力ある演技はできないと思います。

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彼女がフランス女優だからということもあるでしょう。米国女優だと、こういった倫理的な問題をはらんだ役を演じるには逃げの要素が必要になりそうです。また1953年生まれの60代にもかかわらず、レイピストに狙われることが不自然にみえないのは、彼女の上品で知的な美しさ故でしょう。年齢を意識させない透明感が、即物的なエロティシズムとは違った深みある色香を醸します。

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ミシェルには、離婚した夫と、友人の夫である恋人がいます。また、彼女が経営するゲーム会社には、彼女のワンマン的な発言に反感を抱く男性社員もいます。そして、次第に明かされていく父親にまつわる忌まわしい過去。それは、彼女がこの事件を警察に届けず、自力で犯人捜しをする理由の一つでもあるのですが、それ以外にも理由があるあたり、一筋縄でいかないところです。

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原作のフィリップ・ディジャンは、本作を執筆する際にイザベル・ユペールをイメージしたと言っているそうですが、おそらく「ピアニスト」の演技を思い描いていたのでしょう。また、収入を得ることと、自分を取り巻くすべてから(特に男から)自由になることがリンクしているあたりは「主婦マリーがしたこと」に重なるかも知れません。いずれにしても、レイプという非道な犯罪をテーマにしながら、女性の自立まで網羅してしまうところが監督の力量であり、イザベル・ユペールの演技力です。

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ファストフード店で働くミシェルの息子ヴァンサンと妊娠中のガールフレンド、通りの向かいの家で暮らす銀行のトレーダーと信心深い妻など、登場人物すべてが問題を抱えており、ストーリーに厚みを加えます。

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たとえば母親が文学部卒の経営者、父親が作家というインテリ家庭の一人息子なのに、大麻の売人を経てハンバーガチェーンのスタッフになったというヴァンサン。勤務先がソルボンヌのすぐそば(map)にあるあたりに屈折した心を滲ませます。ちなみにミシェルの自宅は郊外の高級住宅地サン=ジェルマン=アン=レー(map)。

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また、ミシェルの母親のイレーヌは、ミシェルが借りた部屋で暮らし、ミシェルのお金でたびたびプチ整形(petit botoxと言ってましたが)を受け、夫が収監中にもかかわらず若い愛人を連れ込むという無茶苦茶な老婆。にもかかわらず、ミシェルに対しては、娘なんだから父親に会いに行くべきだと分別くさく諭します。

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主な出演者としては、「愛、アムール」「アスファルト」「未来よ こんにちは」のイザベル・ユペールの他、ミシェルのビジネスパートナーを「風にそよぐ草」で相手の妻を演じていたアンヌ・コンシニ(Anne Consigny)、元夫のリシャールを「ドライ・クリーニング」「夏時間の庭 」のシャルル・ベルラン(Charles Berling)、息子のヴァンサンを売り出し中のジョナ・ブロケ(Jonas Bloquet)、向かいの銀行員を「ムード・インディゴ」に出ていたローラン・ラフィット(Laurent Lafitte)、その妻を「おとなの恋の測り方」のヴィルジニー・エフィラ(Virginie Efira)が演じています。

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撮影監督は「預言者」「君と歩く世界」「サンバ」「ジャッキー」「はじまりへの旅」のベテラン、ステファーヌ・フォンテーヌ(Stéphane Fontaine)が務め、本作でセザール賞にノミネートされていました。

また2度のパーティシーンでどちらもイギー・ポップの“Lust For Life”が流れるなどアン・ダドリー(Anne Dudley)の選曲もなかなか良い感じ。元アート・オブ・ノイズのメンバーで、「フル・モンティ」でアカデミー作曲賞を受賞した人です。

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