自殺したい売れない小説家と引退を迫られていた殺し屋が出会い、互いにメリットを感じて契約を結んだところ、小説家の人生が好転して契約破棄しようとするダークコメディです。こう書くと、すぐに先が読めてしまうようなドタバタ劇だと思われるかも知れませんが、意外なほど緻密に作り込まれていて、最後まで飽きさせることはありません。わざわざ観にいくべきかどうかは別にして、観て損はない映画だと思います。
監督のトム・エドモンズ(Tom Edmunds)にとってこれが初の長編作品で、脚本も自ら執筆しています。あまりお金がかかってなさそうな作品ですが、殺し屋に「マリーゴールド・ホテルで会いましょう」「グローリー」のトム・ウィルキンソン(Tom Wilkinson)、その妻ペニーに「ターナー、光に愛を求めて」のマリオン・ベイリー(Marion Bailey)というベテラン俳優をキャスティングしたところがミソ。彼らの味のある演技が、笑いに深みを与えて映画を格上げしています。

始まりは、橋から身投げしようとしている青年ウィリアムを見かけたレスリーが“後ろから押そうか?”と話しかけるシーン。これまで何度も自殺を試みて失敗続きだったウィリアムにとって、崇高な死に水を差さされて憤るのも当然でしょう。実はレスリー、たまたま通りかかったわけではなく、自殺志願者を求めて自殺の名所を歩いていたのです。
なぜ自殺志願者を探しているかといえば、これまで腕のいい暗殺者として長年生活してきたものの、近年は依頼者が減り、残忍なロシア系暗殺者の台頭もあってノルマをこなせなくなっていたのです。そこで目をつけたのが自殺志願者で、他人の暗殺ではなく、自分を殺すことを依頼して貰うというスタイルに転換したのです。
件の投身自殺も失敗に終わったウィリアムは、早速、レスリーに連絡を取って自分を殺してくれるように依頼します。この流れだけでも可笑しいのですが、待ち合わせ時間に遅れてきたウィリアムに”そんなことだから自殺するはめになるんだ”と小言をいったり、自殺のバリエーションと料金を示したブローシャーを見ながら契約内容を決めていったり、真面目に仕事をするレスリーが笑えます。
1週間以内に決行する契約が結ばれ、ウィリアムは死ぬことができ、レスリーも今月のノルマを達成できて双方ウィンウィンです。と思いきや、ウィリアムのもとにエリーという編集者から電話があり、送られてきた原稿に興味があるので会いたいという申し入れを受けます。来週では既に死んでいますので、すぐに会う約束を取り付けるウィリアム。とはいえ、明日までに遂行されてしまう可能性もあるわけで、少し延期して欲しいとレスリーに頼み込みます。

ウィリアムの要望を受け入れたかのような顔をしたレスリーでしたが、心の中では、その会合の瞬間を狙って射殺しようと算段しています。もちろん、これも失敗に終わって話が続いていくのですが、ずる賢いように見えて妙に堅物なレスリーの性格が、たった一人殺すだけのシンプルな仕事を複雑なものにしていきます。

面白いのはレスリーの妻ペニーのライフスタイルが平凡すぎるほど専業主婦らしいこと。夫の仕事を知っており、その仕事がうまくいくように支えてきたということは、殺人を幇助してきたようなものですが、もっかの最大の関心事は、レスリーが引退したら一緒に世界一周旅行に行くことと、クッションの刺繍の競技会で優勝することで、こういった彼女の無難な願望が、まだ現役の暗殺者でいたいレスリーの生き方と交差します。といっても仲が悪いわけではなく、むしろ相手への愛情と敬意を失わない立派な夫婦です。

この積年の信頼関係をもつ夫婦に対し、ウィリアムとエリーは互いに惹かれるものを感じただけで、関係は発展途上です。そこで二人を急激に結びつけることになるのが、暗殺者レスリーの存在。狙われるウィリアムとそれを守ろうとするエミリーという立場の明確化が彼らの繋がりを深める手助けになります。

キャリアの終盤に差し掛かったレスリーと、ようやくキャリアのスタートラインにたったウィリアム。レスリーは“killing people gives me a reason to live”と叫びますが、ウィリアムの生きる理由はこれから築かれていくことになるわけで、自殺をテーマにした物語の当然の帰結として、生きることの意味を考えさせながら話が進んでいきます。

主役のウィリアムを演じたのは「ダンケルク」に出ていたアナイリン・バーナード(Aneurin Barnard)。次作は「ゴールドフィンチ」の助演のようですね。その相手役、エリーを演じたのは「サンシャイン/歌声が響く街」「ベロニカとの記憶」のフレイア・メイヴァー(Freya Mavor)で、グラスゴー生まれのスコットランド人ですが、フランス語ができることから英仏に活躍の場を拡げている女優さんです。
その他、レスリーの上司ハーヴェイ役で、「シャロウ・グレイブ」「日蔭のふたり」「姉のいた夏、いない夏。」、最近では「アンコール!!」に出ていたクリストファー・エクルストン(Christopher Eccleston)が出演しています。

公式サイト
やっぱり契約破棄していいですか!?(Dead in a Week: Or Your Money Back)
[仕入れ担当]