映画「誰よりも狙われた男(A Most Wanted Man)」

0 スパイ小説の大御所、ジョン・ル・カレ(John le Carré)が2008年に発表した作品の映画化です。監督はロックスターのポートレートなどで知られるアントン・コービン(Anton Corbijn)。なかなか雰囲気のある写真を撮るフォトグラファーですので、映画そのものにも興味がありましたが、本作のポイントは、そこではありません。

名優、フィリップ・シーモア・ホフマン(Philip Seymour Hoffman)の遺作となってしまった作品なのです。このブログでも「パイレーツ・ロック」「ザ・マスター」「ハンガー・ゲーム2」とご紹介してきた米国を代表する俳優でしたが、本作の撮影後、今年2月に急逝してしまったことから、この「誰よりも狙われた男」、俳優ジョン・スラッテリーの監督デビュー作"God’s Pocket"、そして「ハンガー・ゲーム」の続編でしか彼の演技を味わうことはできません。

それだけでも観に行く価値がある映画だと思いますが、他の出演者もかなり豪華です。

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主人公を演じたフィリップ・シーモア・ホフマンの部下役で「東ベルリンから来た女」のニーナ・ホス(Nina Hoss)と「コッホ先生と僕らの革命」「エヴァ」のダニエル・ブリュール(Daniel Brühl)、CIAのスパイ役で「声を隠す人」「美しい絵の崩壊」のロビン・ライト(Robin Wright)、弁護士の役で「ミッドナイト・イン・パリ」のレイチェル・マクアダムス(Rachel McAdams)、銀行家の役で「グランド・ブダペスト・ホテル」のウィレム・デフォー(Willem Dafoe)が出ています。

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その上、私は気付きませんでしたが、バーでの乱闘シーンに、客の1人としてジョン・ル・カレがカメオ出演しているようです。以前、自著の映画化「裏切りのサーカス」にも酔っぱらい役で出ていましたが、80歳を過ぎているというのに、わざわざ撮影現場まで出掛けて行って出演してしまうのですからたいしたものです。

物語の舞台はハンブルグ。エルベ川に沿って開けたドイツ北部の港湾都市ですが、911テロの実行犯たちがハンブルグで知り合ったことがわかってから、イスラム系過激派の監視で重点を置かれている街だそうです。

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フィリップ・シーモア・ホフマン演じるバッハマンが率いる対テロ部隊は、バッハマンの過去の失敗やそれ故の慎重さもあって、組織内でも微妙なポジションにあります。

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ある日、港から1人の若者が密入国し、彼がチェチェン出身のイスラム過激派であることを当局が突き止めます。すかさず逮捕してしまおうとする動きがある中、バッハマンは、彼を泳がせて目的を確かめるべきだと上司を説得します。

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密入国した若者は、人権団体の女性弁護士を通じて、銀行家に接触します。若者の入国目的が、その銀行の秘密口座にあることがわかり、バッハマンはそれを餌にさらなる大物を捕まえる作戦を立てます。しかし、若者が直接テロに関与する可能性も否めません。

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当然、バッハマンの組織内でも、CIAを始めとする他国の諜報機関からも圧力がかかりますが、それに屈せず、バッハマンのチームは粛々と大物に迫っていきます。

スパイもののサスペンスといっても、原作がジョン・ル・カレですから、派手なアクションがあるわけではありません。組織の論理と個人の信念がぶつかる世界を、シビアな視線で描いていく人間ドラマに仕上がっています。

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そういう意味で、フィリップ・シーモア・ホフマンの演技が冴えわたる作品です。どこかの記事で「そこそこの作品を素晴らしい作品に変えてしまう俳優」と評されていましたが、この映画はまさに彼の真骨頂といえるでしょう。

いつも長回しで目を見張るような演技力を発揮する人ですが、本作でも特に終盤、車を駐めて歩き去るシーンはとても印象的で、何も語らなくても内面が滲み出てくる、素晴らしい演技を見せてくれます。つくづく惜しい人をなくしたものだと思いました。

公式サイト
誰よりも狙われた男A Most Wanted Man

[仕入れ担当]