映画「バービー(Barbie)」

Barbie 何年か前に“バービー人形が映画化される”という記事を読んだときは、バカバカしいと思っただけでしたが、監督が「レディ・バード」「ストーリー・オブ・マイライフ」のグレタ・ガーウィグ(Greta Gerwig)だと知って俄に興味がわき、脚本を「フランシス・ハ」と同様、パートナーのノア・バームバック(Noah Baumbach)と共同で書いたと知って、これは必見だと思いました。

バービー人形の映画化というと、多くの人はロマンティック・コメディをイメージすると思います。この映画の企画は2009年にマテル社がユニバーサル・ピクチャーズと組んで始めたものだそうですが、それが頓挫してソニー・ピクチャーズに変更され、アレシア・ジョーンズ監督がアン・ハサウェイ主演で撮ると報道されていた頃はおそらくロマンス色の強いものだったのでしょう。

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ところがその話が潰え、同じ頃にマテル社の新CEOに就任したイノン・クライツ(Ynon Kreiz)が、「ダラス・バイヤーズクラブ」でオスカーを受賞したプロデューサーのロビー・バーナー(Robbie Brenner)を雇い、主演女優としてマーゴット・ロビー(Margot Robbie)に声をかけたことで流れが変わります。

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ご存じのように、マーゴット・ロビーは女優として活躍するだけでなく、これまでも夫のトム・アッカーリー(Tom Ackerley)と設立した製作会社で「アイ,トーニャ」「ハーレイ・クインの華麗なる覚醒」「プロミシング・ヤング・ウーマン」といった娯楽性の高い女性映画をプロデュースしてきた人。彼女が主演と製作で参加し、ワーナー・ブラザースとグレタ・ガーウィグを巻き込んでこのスタイルに着地したようです。

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ちなみにマテル社のクライツ氏は、食品流通業出身のクリストファー・A・シンクレア、googleから移ってきたマーゴ・ジョージアディスの後を受けてCEOに就任した人ですが、元々メディア業界でいくつも成功を収めてきたイスラエル系米国人で、ワーナー・ミュージックの取締役でもあります。10年近く彷徨っていたこの企画の実現には彼の経歴と人脈も効いているのでしょう。映画の中のマテル社会議室の場面で、脈絡なく“I have Jewish friends”という発言が出てきますが、これも劇中いたるところに散りばめられた楽屋落ちの一つかも知れません。

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ということでこの映画「バービー」、ストーリーはシンプルで、バービーやケンが暮らすバービーランドは女性中心の社会でしたが、彼らが男性中心の人間社会に行ったことで混乱が起きるというもの。バービーが衝撃を受けるだけでなく、それを知ったケンがバービーランドを男性中心の社会に作り替えようとして、ある種の権力闘争になります。そこにバービーを人間社会からバービーランドに戻そうとするマテル社が絡んでドタバタが繰り広げられるという物語です。

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グレタ・ガーウィグとノア・バームバックの脚本ですから、当然、絶え間なく続く台詞の応酬がポイントになります。ただ今までのガーウィグ作品と大きく違うのは、リアリティを重視するのではなく、バービー人形の夢の世界を創り上げ、そのピンク色のファンタジーの世界を楽しむつくりになっていること。本質的にはフェミニズム入門といった内容で、説教くさい台詞も多いのですが、明るく楽しい感覚で映画全体が覆われ、ネガティブな印象を与えないように配慮されています。

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もちろん映画の見どころは、バービー人形そのものといったマーゴット・ロビーです。映画は「2001年宇宙の旅」のモノリスの如く屹立する彼女の水着姿で始まり、バービー人形の社会的意義を説くのですが、映画館の大画面に映っても違和感を感じさせないのは彼女だからこそでしょう。マーゴット・ロビーの美貌とスタイルの良さを完璧に活かした映画です。

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しかし、わたし個人としては、ケンを演じたライアン・ゴズリング(Ryan Gosling)が刺さりました。これまで演じてきたイイ男キャラを逆手にとって、見映えはいいけど中身が薄くて自信を持てない男を好演しています。台詞にもあるように、バービーがいるからこそ存在できる、宙返りもできない平凡なブロンド男なのですが、人間社会の現状をみて頓珍漢なマチスモに陥り、バービーハウスをMojo Dojo Casa Houseに変えようとするなど、観客を笑わせながら物事の本質を突きつける演技は最高でした。終盤のI am Kengoughの字幕(なんと博多弁)は爆笑ものでしたが、抜け目のないマテル社、さっそく商品化(こちら)していました。

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また、ちょっと気になったのがマイケル・セラ(Michael Cera)が演じたアラン。マテル社のバービー人形シリーズの設定としては、ケンの親友として登場し、ミッジと結婚したことでミッジが妊婦バービーになるそうですが、この映画では性的に曖昧な、ひとりぼっちの存在として登場します。つまり、ケンが創り上げようとした男性中心の社会に与せず、バービーワールドを元の姿に戻そうとするバービーたちに協力するのですが、結局はひとりぼっちのアランで終わるという含みの多い役柄。フェミニズムにフォーカスするため、敢えて性的多様性の打ち出しを抑えたのでしょうが、そのせいもあって、とても印象的な存在になっています。

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その他、バービーランドで目立った出演者としては、変てこバービーを演じた「スキャンダル」「イエスタデイ」のケイト・マッキノン(Kate McKinnon)、作家バービーを演じた「ストレイト・アウタ・コンプトン」「チック、チック… ブーン」のアレクサンドラ・シップ(Alexandra Shipp)といったところでしょうか。

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プロミシング・ヤング・ウーマン」の監督エメラルド・フェネル(Emerald Fennell)がミッジ役、「ストーリー・オブ・マイライフ」に出ていたアナ・クルーズ・ケイン(Ana Cruz Kayne)が最高裁判事バービーを演じているあたりはそれぞれの人脈でしょう。

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人間社会の登場人物としては、女性の不満をまるごと抱えたグロリアを演じた「アグリー・ベティ」のアメリカ・フェレーラ(America Ferrera)、その娘で醒めたZ世代の代表であるサーシャを演じたアリアナ・グリーンブラット(Ariana Greenblatt)が物語を動かしていきます。マテル社の幹部は男性ばかりで、まるで日本政府のパロディのようですが、結局のところCEO役のウィル・フェレル(Will Ferrell)のセリフにあるように、男性も女性も“仕切るのは大変だ(It’s hard to be a leader)”という答えに行き着き、いわゆる”有害な男らしさ(Toxic masculinity)”を諫めます。

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他にも馬と家父長制(patriarchy)とか「ゴッドファーザー」によるマンスプレイニング(Mansplaining)とか含みの多い映画ですので、きっと一回観ただけでは気付かない仕掛けも多いことでしょう。時代背景も、人間社会の場面でクリントンやスタローンの写真が映り、90年代の設定なのかと思っていたら、終盤にiPadミニが出てきたり、大統領バービーがトランプの真似してノーコメントで通したりしますので、特に限定していないようです。また観る機会があれば改めて台詞をよく聞いてみたいと思います。

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公式サイト
バービーBarbie

[仕入れ担当]