2度の冬季五輪に出場した米国のフィギュアスケート選手、トーニャ・ハーディングの半生を描いた作品です。ライバル選手だったナンシー・ケリガンが襲撃された事件で、彼女の関与が疑われてスケート界から追放されるのですが、スキャンダラスなのはそれだけではありません。生まれ育った環境から追放後の生活までスキャンダルだらけで、常に人々の注目を集めてきた彼女。その破天荒な人生を再現フィルム風の映像でとらえ、彼女と関係者に迫っていくことで、ある種の“米国のリアル”を見せてくれます。
先に感想を書いてしまうと、とても面白い映画でした。本質的にはゴシップ雑誌のようなお話ですが、演技も映画の作りもしっかりしていて、深みのある人間ドラマを見たような満足感が得られます。
また、トーニャ・ハーディングの身も蓋もない人生観が丁寧にすくい上げられていて、なぜ彼女がアンチ・ヒロインとしてこれほどまでに人を惹きつけてきたかがよくわかりました。
主な登場人物は、トーニャ(Tonya Harding)とその母親のラヴォナ(LaVona Golden)、そしてトーニャの最初の夫であるジェフ(Jeff Gillooly)。その3人に最初のコーチだったダイアン(Diane Rawlinson)と次のコーチを務めたドディ(Dody Teachman)、ジェフの友人で襲撃の首謀者でもあるショーン(Shawn Eckhardt)が絡んで物語が進んでいきます。
トーニャのスケート人生の始まりは、4歳の彼女をラヴォナがダイアンに引き合わせたこと。電話でコーチを依頼したものの断られ、ダイアンが教えているスケートリンクにやってきて直談判したのです。もちろん再び断られるのですが、トーニャの滑りを見せて無理やり押し切ってしまいます。12歳でトリプルルッツを飛んだといわれるトーニャ・ハーディングですから、既に4歳で才能の片鱗を見せていたのでしょう。
トレーニング三昧の生活に鬼母ラヴォナのスパルタ教育が拍車をかけます。褒めて伸ばす教育法とは正反対の殴って罵って育てる方式です。
ラヴォナはダイナーで働いた収入のほとんどをトーニャに注ぎ込みます。とはいえ、ウェイトレスの収入でフィギュアスケート界のスノッブなノリについていく のは容易ではありません。リンクにはファーコートで通うものだと言われ、トーニャと父親が猟銃で撃ってきたウサギの毛皮を干す場面があるのですが、チームメイトから笑われながらも手作りコートで颯爽と歩く少女トーニャに、彼女の将来が透けて見えるようです。そしてこの母娘の金銭に対する羨望と屈折が、彼女たちのドラマを形作っていくことになります。
ほどなくトーニャの父親が家から出て行く場面が描かれますが、トーニャはラヴォナの4番目の夫の5番目の子どもだそうですから、家族全員が揃った生活とは ほとんど無縁だったのでしょう。これは後にオリンピック選考委員から投げつけられる言葉“You’re representing our country. They need to see a wholesome American family”に繋がってきます。
スケートに注力するため高校を中退させられたトーニャ。毎日8時間練習し、リンク外のことは何も知らないに等しかった彼女は、ジェフと出会い、結婚を決めます。
ジェフに対し、ラヴォナはネガティブな印象を持っていたようですが、結果からみれば正しい見解だったのかも知れません。彼の友人であり、トーニャのボディガードを務めていたショーンが先導する形でナンシー・ケリガン襲撃事件が起こるのです。
母親のラヴォナも元夫のジェフもトーニャを愛していると言いながら、彼女に依存し、暴力を振るい続けました。傍から見れば異常でも、世間知らずのトーニャにとってはそれが普通だったのでしょう。
彼女もジェフに対しては暴力で応え、この映画で描かれた時代の後も何度か暴力がらみのトラブルを起こしていますので、最後まで貧困と暴力から抜け出すことはできなかったようです。
1992年のアルベールビルではトリプルアクセルが不調で入賞を逃したトーニャ。オリンピック4位ではスポンサーも付かないと吐き捨てます。2015年に観た「フォックスキャッチャー」にも通じる、米国アマチュアスポーツ界の経済的格差が垣間見える場面です。襲撃事件の真相は今も明らかになったとは言えませんが、金銭的に報われなかった彼女が1996年のリレハンメルに賭けた意気込みも分からなくもありません。やり過ぎ感のある手作り衣装やグリッターなシャネルロゴのイヤリング(下の写真)が彼女の内面の顕れです。
本作でラヴォナを演じたアリソン・ジャネイ(Allison Janney)は今年のアカデミー賞で助演女優賞を獲りました。彼女の演技も非常に素晴らしいと思いましたが、トーニャを演じたマーゴット・ロビー(Margot Robbie)の凄さは一見の価値ありです。
4年前に「ウルフ・オブ・ウォールストリート」でディカプリオの妻を演じていたときは、まったく印象に残りませんでしたが、本作はまさに彼女の存在感がすべてを動かしていく感じです。アカデミー賞の主演女優賞は「スリー・ビルボード」のフランシス・マクドーマンドに持って行かれましたが、これは相手が悪かったとしか言いようがありません。ちなみに、トーニャの子ども時代を演じたのは「ギフテッド」のマッケンナ・グレイス(Mckenna Grace)で、2人ともこれからの活躍が楽しみな女優さんです。
80年代の音楽を中心とした選曲も良くて、トーニャが活躍した時代性と彼女のライフスタイルがとてもよく伝わってきます。
「君の名前で僕を呼んで」で人気沸騰中のスフィアン・スティーヴンス(Sufjan Stevens )がトーニャ・ハーディングのファンで、この映画に楽曲の提供を申し出たそうですが、時間的に間に合わなくて採用されなかったというエピソードも伝えられていました。この曲のオフィシャルビデオ(Youtube)には、トーニャ・ハーディングがトリプルアクセルを飛んだときの映像が使われていますのでご覧になってみてください。
公式サイト
アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル(I, Tonya)
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