映画「誰もがそれを知っている(Todos lo saben)」

todos ペネロペ・クルス(Penélope Cruz)とハビエル・バルデム(Javier Bardem)というスペイン映画界を代表する夫妻に、「瞳の奥の秘密」などで知られるアルゼンチンの名優リカルド・ダリン(Ricardo Darín)が共演するというスペイン語映画としては最高のキャスティングで撮られた映画です。監督は「別離」「ある過去の行方」「セールスマン」のアスガー・ファルハディ(Asghar Farhādī)で、去年のカンヌ映画祭で栄えあるオープニング作品に選ばれています。

舞台はマドリード郊外の小さなコミュニティ。どこにでもありそうな田舎町ですが、映画の中にカタルーニャ人を区別して扱う場面がありますので、その背景としてマドリード郊外という立地に意味があります。ちなみにロケ地となったトレラグーナ(Torrelaguna)はマドリードから北へ車で1時間ほどの町です。

物語はアルゼンチン人と結婚しているラウラが、妹アナの結婚式のために子ども2人を連れてスペインに帰国し、車で町に到着するシーンから始まるのですが、アスガー・ファルハディらしくその時点から伏線が張られています。ペネロペ・クルスが演じるラウラは当たり前に美人なのですが、その娘であるイレーネも結構な美人で、町の人々がみんな彼女に注目するわけです。ところが、よく見ていると美人を賞賛するというより、ひそひそ話をする風情で、何となくおかしな雰囲気が伝わってきます。

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映画のタイトルは原題も邦題も、英題の「Everybody Knows」もすべて同じ意味で、誰にも知られていないと思っていたのに実は全員が知っていた“何か”がテーマの一つになっているのですが、イレーネが注目を集めた理由がその“何か”です。といっても、これは誰でもすぐにピンとくるありきたりな話で、サスペンス映画としての謎解きは別の部分にあります。

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ラウラの実家は老いた父アントニオ、姉のマリアナとその夫フェルナンドと娘ロシオ、妹のアナという家族構成。ハビエル・バルデムが演じているのはラウラの昔の恋人パコで、ブドウ園とワイン醸造所を営み、矯正施設で働くベアという妻がいます。そのベアに「エル・ニーニョ」「マジカル・ガール」「家族のように」のバルバラ・レニー(Bárbara Lennie)がキャスティングされているあたりからも、この夫婦の重要度がわかりますね。

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町の様子がざっくりわかってきたあたりで結婚式の場面に展開します。ワインで体調を崩したイレーネをベッドに押し込み、宴は佳境に入るのですが、ケーキカットの最中に停電になってしまいます。そして、寝ていたはずのイレーネが忽然と姿を消し、ラウラの電話に誘拐を告げるメッセージが届きます。身代金目当ての誘拐です。

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その少し前、結婚式のシーンで神父が、“老朽化した教会を普請したいが、ラウラの夫アレハンドロが一緒に来なかったのは残念だ”と口にします。パコは“こんなときにカネの話かよ”と白けますが、数年前にラウラが帰国した際、信心深いアレハンドロが修繕費を寄付したようです。ですから、周囲の人々にとって金持ちと結婚して出て行ったラウラは“勝ち組”であり、羽振りの良い彼女のカネを狙うのは理に適っているともいえます。

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逆にいえば、冴えない町でショボい仕事をしているフェルナンドや、夫の稼ぎが悪いので仕方なく父親フェルナンドを手伝っているロシオ、ラウラにフられてここに残っているパコは“負け組”であり、それはこの閉塞感ただよう町で暮らし続けるしかないすべての人々に共通することです。随所で町の人々の鬱憤や屈折した感情が見え隠れします。また、ちょうどブドウの収穫期で何人もの季節労働者が地域で入ってきていますし、新郎側の参列者はバスを仕立ててカタルーニャから来たよそ者たち。さらに、ベアの勤務先である矯正施設には、軽犯罪とはいえ、前科のある若者たちが暮らしていて、誰もが疑わしく見えてしまう状況なのです。

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しかし、同じ部屋で寝ていた幼い弟のディエゴではなく、16歳のイレーネが誘拐されているわけですから、彼女を狙った何らかの理由があるはずです。それは身代金を要求する脅しのメッセージが別の人に届いたあたりから観客にはわかり始めるのですが、仮にそれに気付いてしまっても、犯人探しで最後まで飽きることなく楽しめますのでご心配なく。

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この映画の最大の見どころは、後で到着するアレハンドロ役のリカルド・ダリンを含む名優たちの競演ですが、物語作りの点では田舎の憂鬱がじわっと伝わってくるあたりにこの監督の巧さが出ていると思いました。狭い世界で暮らす人々の排他性や他者に対する畏れと僻み、そして地域内で静かに蔓延する貧しさ。変化のない暮らしが続きますので、抱えている恨みもどんどん深化していきます。

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そういった感情の解放を鐘楼から飛び立つ鳥に、少しずつしか進まない時間の経過を機械仕掛けの時計台に象徴させながら、家族の心の闇を描いていく映画です。これまでの作品よりすっきりした展開ながら、アスガー・ファルハディならではの精緻な心理描写でじわっと揺さぶりをかけてくる秀作だと思います。

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ラウラの姉のマリアナを「しあわせな人生の選択」でリカルド・ダリンの元妻役だったエルビラ・ミンゲス(Elvira Mínguez)、その夫フェルナンドを「エル・ニーニョ」「スモーク アンド ミラーズ」のエドゥアルド・フェルナンデス(Eduard Fernández)、妹のアナを「ジュリエッタ」のインマ・クエスタ(Inma Cuesta)、その相手ホアンを「ブラック・ブレッド」でお父さん役だったカタルーニャ出身のロジェ・カサマジョール(Roger Casamajor)が演じている他、引退した警官役を「ペーパーバード」「ローマ法王になる日まで」に出ていたホセ・アンヘル・エヒド(José Ángel Egido)が演じています。

公式サイト
誰もがそれを知っているEverybody Knows

[仕入れ担当]