前回、前々回のご紹介から間が空いてしまいましたが、これもラテンビート映画祭の上映作品です。
今年のゴヤ賞の作品賞、監督賞など合計9部門で栄冠に輝き、スペインで話題を集めた一作。全編カタルーニャ語の映画が、初めてゴヤ賞の作品賞を獲ったということでスペイン以外でも話題になりました。
カタルーニャというと、大都市バルセロナの他、モナド扱いのジョイドアート(joid’art) や世界的な有名レストランが集まる古都・ジローナがよく知られていますが、この映画の舞台は山沿いの町、ベルガ(Berga)の森の中。タイトルの「Pa negre」はカタルーニャ語で黒いパンという意味で、主人公の少年がパンをふるまわれるシーンで白いパンと黒いパンが象徴的に使われています。
物語はフランコ政権による弾圧が行われていた時代。11歳の少年アンドレウが、森の中で崖下に転落した馬車と瀕死の父子を見つけるところから始まります。警察は殺人事件と断定。アンドレウの父で共産主義者のファリオルに嫌疑がかかり、アンドレウと母親は祖母の家に身を寄せ、ファリオルは逃亡します。
父の無実を信じるアンドレウは、少年が死ぬ間際につぶやいたPitorliuaという言葉を手がかりに事件の背景を知ろうとします。Pitorliuaとは、森の洞窟に住んでいると言われる幽霊のこと。
森の中には、町から追いやられて暮らす人々がいるのですが、従兄弟の女の子、ヌリア(下の写真)からそれらの人たちに対する偏見や、大人の世界の現実を教えられ、またそれらの人々を知ることで、アンドレウは少しずつ成長していきます。
共産主義活動に傾倒する父親と生活のために働き続ける母親(下の写真)、私利私欲に走る官憲、アル中の教師、父親が支援を求める資産家の夫婦などなど、登場する大人たちは、みんな立派な大人のフリをしながら、それぞれ欺瞞に満ちた生活を送っています。ハンデを抱えたヌリアも、既に大人と折合いをつけて生きる術を知っているのです。
ファシズムによって荒んだ心というのもあるでしょうが、生き延びるために良心の呵責をぬぐい去るということは、どこの世界にもあること。そういう意味で、フランコ政権の弾圧を描いた映画というより、無垢な部分を捨て去っていく少年の心象風景を描いた映画だと思います。
豊かな自然を背景とした映像とは裏腹に、全編を通して不穏なムードが漂う映画ですが、ギレルモ・デル・トロの映画「パンズ・ラビリンス(El laberinto del fauno)」がお好きな方には、ぴったりなのではないでしょうか。ちなみに「パンズ・ラビリンス」のセルジ・ロペス(Sergi López)も警察署長役で出ています。
終映後、主演のフランセスク・コロメール(Francesc Colomer)の舞台挨拶がありました。映画では、バルセロナ等で使われているカタルーニャ語とは違う、特定の地域の方言で喋っているそうで、その地域の子どもたちを対象にしたオーディションで選ばれたそうです。どんなところに住んでいるのか、という質問に「東京よりは小さいけど、特に言うほどでも…」と照れていたのが少年らしくて印象的でした。
なお、この映画は日本での公開が決まっているようです。私も、もう一度観てみたいと思っています。
公式サイト
Black Bread(Pa negre)
[仕入れ担当]