1977年制作のホラーの古典「サスペリア」のリメイクです。といっても、大幅なアレンジが加えられているそうで、ホラーが苦手な私でも大丈夫でした。オリジナル版と同じく“決してひとりでは見ないでください”という宣伝フレーズが使われていますが、怖いからというより、鑑賞後に誰かと語り合いたくなるから、ということかも知れません。
監督は「ミラノ、愛に生きる」「胸騒ぎのシチリア」「君の名前で僕を呼んで」のルカ・グァダニーノ(Luca Guadagnino)。ティルダ・スウィントン(Tilda Swinton)が「ミラノ、愛に生きる」「胸騒ぎのシチリア」に続いて重要な役どころを演じるほか、「君の名前で僕を呼んで」に続いてサヨムプー・ムックディプローム(Sayombhu Mukdeeprom)が撮影監督を務めています。
舞台は1977年のベルリンで、米国人のスージー・バニヨンが訪独し、名門舞踏団“マルコス・ダンス・カンパニー”に入団したことで物語が動き始めます。
映画の幕開けは、ダンス・カンパニーの団員の一人、クロエ・グレース・モレッツ(Chloë Grace Moretz)演じるパトリシアが精神科医ジョセフ・クレンペラーの部屋を訪問する場面。錯乱状態にある彼女をクレンペラーが受け入れているところをみると、既に何度が診察を受け、病状または状況が把握されていることがわかります。彼女は、ダンス・カンパニーの寮母たちは魔女だと妄想じみた発言を残して失踪します。
その頃、ダコタ・ジョンソン(Dakota Johnson)演じるスージーがダンス・カンパニーに到着します。NYのマーサ・グラハムでこの劇団の公演を見て知ったという彼女がオーディションを受け、 ここの幹部である振付師マダム・ブランの目に留まるあたりまでが導入部分にあたるのでしょうか。駅のホームに降りていくスージーの傍らの内照板に、映画のタイトルが表示されているあたりに芸の細かさを感じます。
彼女は、ホテルからダンス・カンパニーまで移動する手伝いをしてくれたサラと仲良くなります。そのサラを演じるのがミア・ゴス(Mia Goth)。団員ではスージーとサラ、教授陣ではティルダ・スウィントンが演じるマダム・ブランと、アンゲラ・ヴィンクラー(Angela Winkler)演じるミス・タナーが軸になって物語が進んでいきます。
何を書いてもネタバレになってしまうのでこの手の映画はブログにしにくいのですが、要するに“マルコス・ダンス・カンパニー”の真の姿は魔女の館で、寮母たちは老い滅びゆく創設者ヘレナ・マルコスの“容れもの”となる若い肉体を探し求めているのです。
そしてその背景には魔女たちの権力闘争があり、正統性の証としてMater Suspiriorum(ため息の母)が誰に宿っているのかが核心になってきます。
ちなみにMater Suspiriorumはオリジナル版「サスペリア」の監督ダリオ・アルジェントが創造した3人の魔女(Le Tre madri)の1人だそうで、残りの2人はMater Lacrymarum(涙の母)とMater Tenebrarum(暗黒の母)。これがタイトルの由来です。
ルカ・グァダニーノ監督はこのリメイク版で、ホラー映画としての要素に加えて、1977年に起こった“ドイツの秋”事件を絡め、ナチスの残滓をにおわせるという仕掛けを施しています。それは“ドイツの秋”で犠牲になったダイムラーベンツ重役がSSの残党だったという史実だけでなく、ジョセフ・クレンペラーが妻アンケと大戦中に生き別れになり、今もその幻影を追っているというサイドストーリーの下地にもなります。
そのアンケを演じているのが、オリジナル版「サスペリア」でスージー役だったジェシカ・ハーパー(Jessica Harper)。ある種のサプライズ出演ですね。そしてそれより驚くのがジョセフ・クレンペラーを演じているルッツ・エバースドルフという俳優が、元々は母娘関係に特化した精神分析医だったというプロフィールまで記されていながら、実は全身特殊メイクのティルダ・スウィントンが演じているということ。これ以外にもう一役、合計3役をティルダ・スウィントンが演じていることも本作の仕掛けの一つです。どの役を演じているか探すだけでなく、なぜこの3役なのか、一緒にご覧になった方と議論するのも一興でしょう。
スージー役のダコタ・ジョンソンは「フィフティ・シェイズ」シリーズがよく知られていますが、この監督の「胸騒ぎのシチリア」でも印象に残る演技を見せていた米国人女優です。「ソーシャル・ネットワーク」ではショーン・パーカーと寝る女子大生、「ブラック・スキャンダル」ではジョニー・デップ演じる主人公の愛人役でした。
クロエ・グレース・モレッツは「キック・アス」以来ぱっとしませんが、「モールス」や「キャリー」といったホラー映画で活躍しているようですね。ティルダ・スウィントンはルカ・グァダニーノ監督のほか、「リミッツ・オブ・コントロール」や「オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ」のジム・ジャームッシュ監督、「ムーンライズ・キングダム」や「グランド・ブダペスト・ホテル」のウェス・アンダーソン監督など名匠が好んでキャスティングする女優です。
その他の出演者としては、ミス・タナー役のアンゲラ・ヴィンクラーはアサイヤス監督「アクトレス」でメルヒオールの妻ローザを演じていたドイツ人女優。「ブリキの太鼓」で主人公の母親を演じたというベテランです。また気弱な寮母ミス・グリフィスを「サガン」で主役だったシルヴィー・テステュー(Sylvie Testud)が演じています。
巷では“ルカ・グァダニーノが手がけると血糊まで美しい”といわれているようですが、確かに細部まできちんと作られた映画です。トム・ヨーク(Thom Yorke)の音楽もうまく馴染んでましたし、サヨムプー・ムックディプロームの映像も美しくて、完成度の高さはさすがとしか言いようがありません。エンドロールにも仕掛けがありますので、劇場が明るくなるまで席を立たないようにしましょう。
[仕入れ担当]