ティルダ・スウィントン(Tilda Swinton)主演の不思議なドラマです。監督はジョアンナ・ホッグ(Joanna Hogg)で、彼女の前作、前々作にもティルダ・スウィントンが出演しており、いずれの作品も製作でマーティン・スコセッシ(Martin Scorsese)が参画しています。
昨年観たアルモドバル監督「ヒューマン・ボイス」もティルダ・スウィントンの一人芝居でしたが、本作は彼女が一人二役で母と娘を演じるもの。ほとんどの場面で彼女演じる母または娘が飼い犬ルイと一緒に登場することになります。ちなみにこのイングリッシュ・スプリンガー・スパニエル、実生活ではティルダ・スウィントンの飼い犬だそうですので、ティルダ・スウィントンが飼い犬と演じ上げた映画ともいえるでしょう。
物語は映画監督のジュリーが、年老いた母ロザリンドと彼女の愛犬ルイを連れてウェールズの古城ホテルに到着する場面からスタート。しかしレセプションの若い女性は、ジュリーの名前での予約はないと言い、ずいぶん前に予約したから、とジュリーが食い下がってようやく2階の空き部屋に案内されます。他に客がいる様子はなく、レセプションの女性もすぐに帰ってしまい、不気味な陰鬱さに包まれます。
霧に包まれた謎めいた雰囲気といい、人里離れたロケーションといい、非現実的なスタッフの態度といい、幽霊屋敷を思わせるホテルです。

実はこの建物、元々ロザリンドの生家で、一族が売却した後、ホテルとして運用されているのです。ジュリーの目的は母を題材にした映画の構想を組み立てることで、母と会話をしながら昔の話を聞き出していきます。しかし、良い思い出ばかりではなく、流産や第二次世界大戦中に従姉妹を亡くしたことなど辛い話が出てきてジュリーは後悔し始めます。

ある晩、ジュリーが執筆に苦しんでいると、犬のルイが勝手に出て行って行方不明になってしまいます。ホテルスタッフである初老の男性ビルと一緒に敷地内を捜索し、部屋に戻ると、いつの間にかルイが帰ってきています。ビルに礼を言いに行くと二人で軽く飲むことになり、彼の妻も、ジュリーの父親と同じく最近亡くなったばかりだと知らされます。

翌日、ロザリンドとビルが話しているのを見かけます。聞き耳を立てると、ロザリンドは“ジュリーには子どもがいないので代わりに母親を溺愛している、彼女が歳を取った後に気にかけてくれる人がいないことが心配だ”と話しています。

別の日、従兄弟が愛犬バグリーと訪ねてきてロザリンドへのプレゼントを置いていきます。その日はロザリンドの誕生日で、ジュリーはホテルに頼んで特別にディナーの席を用意してもらっています。しかし二人が着席すると、ロザリンドは“お腹が空いていないので今は何も食べたくない”と言い、ジュリーは“ロザリンドを喜ばせたいと頑張ってもいつもうまくいかない”と泣き崩れます。

そしてバースデーケーキに関する段取りの齟齬があり、レセプションの女性との間で小さな諍いが起こった後、すべての背景が明されます。要するにこのドラマ自体がジュリーの創作だったわけですが、そういったややこしい仕掛けを含めたミステリアスな味付けで全体を包み込んだ映画です。
もちろん見どころは二役を演じ分けたティルダ・スウィントンで、彼女の演技力を見せるために作られた映画といっても過言ではないでしょう。強い個性をもった母と娘が、互いに相手を思うばかりに食い違ってしまう微妙さを巧みにみせてくれます。彼女の唯一無二の存在感が存分に発揮された一本だと思います。

このブログでも「リミッツ・オブ・コントロール」「オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ」「デッド・ドント・ダイ」といったジャームッシュ作品、「ムーンライズ・キングダム」から「アステロイド・シティ」に至るすべてのウェス・アンダーソン作品の他、「ミラノ、愛に生きる」「少年は残酷な弓を射る」「胸騒ぎのシチリア」「ヘイル、シーザー!」「サスペリア」「どん底作家の人生に幸あれ!」と彼女の出演作を多数取り上げてきましたが、多くの名匠が競うように彼女を使う理由がよくわかります。

その他の出演者としては、ホテルスタッフのビル役でジョセフ・マイデル(Joseph Mydell)、レセプション女性役でカーリー・ソフィア・デイヴィス(Carly-Sophia Davies)、一瞬しか現れない従兄弟役で映画プロデューサーのクリスピン・バックストン(Crispin Buxton)が出ています。
公式サイト
エターナル・ドーター
[仕入れ担当]